本当の『昇格請負人』になるために。

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奈良クラブ FW 岡山 一成 選手

2013年8月。衝撃的なニュースが関西サッカー界に走った。岡山一成、奈良クラブ入団。地域クラブに元Jリーガーが在籍することはめずらしくないが、実績のある選手が来ることは極まれ。恵まれたJリーグの環境からはかけ離れているアマチュアの地域クラブ。しかしそこには、舞台の整ったプロでは見られない夢のカタチがあるように思う。

 

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Jリーグに必要とされなくなったら、
現役を辞めると思っていた。


−− 1年前になりますが、奈良クラブに加入を決めたときの状況は?

「サッカーの辞めどきを見失っていました。日本代表に選ばれるという夢はかないませんでしたが、Jリーグで18年間プレーできて、アジアチャンピオンとしてクラブワールドカップにも出られた。自分でもある程度は満足できるサッカー生活を送れたし、年齢も34になって体力面でも潮時かなと感じていました。でも、いざ辞めるとなると決断できなくて」


−−長年続けてきたことを辞めるのはむずかしいと思います。

「サッカー選手には定年がありませんからね。みんなどうやって決断しているんだろう? 自分はどういうカタチで引退宣言をすればいいんだろう? と考え込んでいました」


−− そんなときに奈良クラブから誘いが?

「実は以前から話はもらっていて、一旦、断っていました。ぼくはJリーグという枠の中で戦ってきた選手なので、Jリーグから必要とされなくなったら現役を辞めるつもりでした。でも、その状況になっても引退を決められなかった…。そんなときに松田直樹選手のメモリアルマッチに参加しました。アルウィンというすばらしいスタジアムの中で、マツくんとともにJリーグを目指した松本山雅はすごくいいチームなっていて、マツくんも息づいていた。そこで、“自分はJリーグにこだわっていたけど、Jリーグにどうやって昇格するのかも知らない”と気づかされたんです。このまま知らないで終わるより、知って終わりたい。マツくんのようにひとつのチームといっしょにJリーグを目指し、そのチームをJリーグに上げてすべてのカテゴリを経験したら、辞める決断ができるんじゃないかと感じました」


−−それまで奈良という地域に縁はなかったんですよね?

「子どものころに大阪でサッカーを始めて、横浜マリノス(現横浜F・マリノス)でプロになりました。奈良クラブまで9つのクラブに所属してきたのですが、セレッソ大阪以外は全てアウェイだったんです。なじみのない自分をその地域のファンやサポーターにどうやって受け入れてもらうのか、常に試行錯誤していましたし、数多くの失敗もしました。地元のクラブでプレーできる選手がうらやましかったですね。だから、サッカーを続けるなら“関西でやりたい”という想いがあった。他のクラブからも誘われていたのですが、“Jクラブのない奈良からJリーグ入りを目指す”、そんな奈良クラブの夢にかけてみようと思いました」


−−昇格請負人だった岡山さんが、今度はJリーグに上げる請負人になる。

「昇格請負人とまわりは言ってくれましたが、どのチームも自分の力で上げた感覚がありませんでした。貢献できなかったこともありましたし、本当の意味で昇格させたと言えなかった。でも、奈良クラブを地域リーグからJFL、そしてJ3へ導くことができれば、堂々と『昇格請負人』と言える気がするんです」

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奈良クラブのファン・サポーターは
貧しい家で育っている兄弟。


−− 岡山さんといえば試合後のマイクパフォーマンス『岡山劇場』が有名です。始めたのは川崎フロンターレ時代(2002-2004)。当時はファン・サポーターと積極的に関わる選手はめずらしかったのでは?

「Jリーグバブルがはじけた危機感を選手たちも持ち始めた時期でした。自分たちからアクションを起こさないとお客さんがスタジアムに来てくれないことを実感できていましたから、岡山劇場も“目立ちたいからやっている”と揶揄されずクラブに浸透していきました」


−− さまざまなクラブでファン・サポーターと接していますが、特色はありましたか?

「ファンやサポーターとのつながりをわかりやすく言えばファミリーなのですが、クラブごとに役割の違いはありましたね。やさしいお母さんぽい役をするクラブもあれば、頑固なお父さんみたいなのもある。友だちや恋人みたいなところもありましたよ」


−− 奈良クラブのファン・サポーターは?

「表現は悪いのですが、『貧しい家で育っている兄弟』でしょうか。少ないごはんをみんなで分け合いつつ、たまに出てくるごちそうを大切に味わう兄弟(笑)。違うチームの選手が集まったときにファンやサポーターの話題になることもあるのですが、みんな自分の彼女のようにファン・サポーターのことを説明するんですよ。“うちのはすぐ怒る”とか、“うちのはおとなしいよ”とか。そんな風に例えるなら、“一生懸命に尽くしてくれる健気な彼女”みたいな存在でもあるかな」


−− ありがたい存在ですね。

「奈良クラブにいるとファンやサポーターが成長もわかるんです。少人数だったものが集団となって、次第に統制が取れてくる。ファンやサポーターがスタジアムの雰囲気をつくっていく過程を体感できています」

 

 

ベガルタ仙台の家族のもとに
一瞬だけ「ただいま」と帰れた。


−− 天皇杯2回戦では、古巣のベガルタ仙台に勝利しました。

「組み合わせが決まったときから対戦を意識していました。というのも、ベガルタ仙台でぼくは何も結果を残せず、ファンやサポーターに情けない姿しか見せられなかった。再び、ユアテックスタジアムで戦うときは、自分のがんばっている姿を見せたいと考えていたのでイメージ通りになってよかったですね」


−− 試合後も感動的でした。

「ベガルタ仙台のファンやサポーターは、奈良クラブが善戦しつつも負ける筋書きを想定していたと思います。試合前にブログでジャイアントキリングを起こして『ベガルタに怒られよう』と書いたのですが、そうなったときにベガルタ仙台のファンやサポーターがどういう反応をするのかわからなかった。現実に奈良クラブが勝ってベガルタ仙台の選手がブーイングをされているなか、ぼくは挨拶に行くことを躊躇しました。あちら側に行ってはいけないと思ったんです。そんなとき、ベガルタ仙台のゴール裏から所属時のチャントを歌う声が聞こえてきて…、本当にうれしかったですね。試合でゴールできたことは奈良クラブの選手としての喜び、でもこの一瞬はベガルタ仙台の一員だった自分を迎え入れてもらえて“ただいま”と帰ることができた、サッカーファミリーとしての幸せを心から味わいました」

 

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先輩たちから与えられたものを、
奈良クラブに還元できれば。


−− 岡山さんの存在は選手たちにも大きな影響を与えているのでは?

「幸運にも、ぼくはこれまでのサッカー人生でお手本となる先輩たちとたくさん出会えました。彼らからいろいろなものを与えてもらいましたし、今も悩んだり、迷ったりしたときに先輩たちの言葉や姿を思い出すと答えが見つかることがあります。“あのときの先輩はこういうことを伝えたかったんだな”と、この歳になってようやく理解できたりする。若い選手たちがぼくの話を聞いても、今はよくわからないかもしれません。でも、5年後・10年後に同じような状況になったときに思い出してもらえたら、うれしいなとは思っています」


−−そうやってサッカー選手の想いが受け継がれていくのですね。

「Jリーグがあったから、ぼくはこれまでサッカーを続けられました。そのJリーグも20年。これだけ続いて発展できたのは、プロリーグがない時代からがんばってきた先輩方のおかげです。偉そうなことを言いますが、ぼくが先輩たちから与えられたものを、奈良クラブに少しでも還元できたら。そう願っています」


−−今も充分に還元できているのでは?

「地域クラブがどう成り立って、そこからどうやればJリーグに行けるのかも知らなかったぼくが奈良クラブにきて、どこまで還元できているのかはわかりません。それに、ぼく自身があと何年もサッカーをできるわけではないので、自分の衰えていくスピードとチームが上っていくスピードを併せて考えないといけない。自分に残されている時間の中でどこまで奈良クラブのJリーグ昇格に貢献できるのか、逆算して考えています」

 

自分らしいカタチで
サッカー選手の可能性を広げたい。


−− 天皇杯のジャイアントキリングだけでなく、関西サッカーリーグでも今季の奈良クラブは好調です。

「昨季は新設されるJ3に加入することを狙って浮き足立ち、リーグ5位と結果を出せませんでした。その経験から、Jリーグへの近道はない、ひとつずつ勝って自分たちで上っていくしかないと気づいた。それが、今季の成績につながっていると思います」


−− クラブの夢はJリーグに行くこと。では、岡山さんご自身の今の夢は?

「ぼくも今は奈良クラブをJ3に上げることだけを考えています。それをしないと引退できないんですよ。サッカー選手にはいろいろな在り方があって、現役を続けていくということではカズさんが可能性をどんどん広げています。ぼくは違うカタチではありますが、地域リーグからJリーグに戻るというひとつのモデルケースをつくって、“岡山がやっているんだから自分もまだサッカーをがんばってみよう”と思ってもらえる存在になれたら」


−−その姿は、サッカーの枠を越えて多くの人を惹きつけると思います。

「例えば、この記事を読んでちょっとでもぼくや奈良クラブに興味を持ってもらえたら、行動を起こして一回スタジアムに観に来てほしい。地域リーグの試合は無料だし、選手とも近くでふれあえます。ぼくも話しかけてくれたら絶対に対応しますよ」

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text by Masami URAYAMA

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