まだ日本にない、Jクラブのあるべき姿。


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J2降格とともに、多くの主力選手が京都サンガを去った。若い選手を中心に、新しいチームづくりが始まった。目指しているのは、昇格・降格を繰り返すのではなく、J1に定着し発展するクラブ。そして、京都サンガが生活の一部になるような、あるべきサッカー文化の創造。「そのためには、クラブトータルの力の向上がなければ」祖母井秀隆GM、就任3年目の京都サンガを語る。

京都サンガF.C. GM
祖母井 秀隆 氏
1951年神戸市生まれ。大阪体育大学・読売クラブでプレーした後、10年間ドイツに滞在。プレーの傍らケルン体育大学でコーチングを学ぶ。1995年ジェフ市原育成部長、1999年ジェフ千葉GMに就任し、オシム監督を招聘。2007年フランスのグルノーブルでGMとして3シーズンを過ごし、2010年末からは京都サンガのGMに就任。


サッカーのための“脱サッカー”。

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海外に憧れていた少年の頃。プレミアリーグ、ブンデスリーガ…、海外サッカー番組に夢中になり、マンチェスター・ユナイテッドに入団希望の手紙を書いたこともある。初めてドイツに渡ったのは、大学4年生の時。その後もドイツやフランスに滞在し、長くヨーロッパのサッカーと向き合った。そんな経験から感じた、日欧のサッカー文化の違い。
2010年冬、J2に降格し変革を決意したクラブに、祖母井GMの就任が決まる。
京都サンガの挑戦が始まった。

●京都サンガでの取り組みは…


「“脱サッカー”です」

●“脱”ですか?


「今年の京都サンガのユニフォーム、エンブレムの上についている星を、プリントではなく金糸で刺繍しました。あまり知られていませんが、着物に使われる金糸銀糸は京都サンガのホームタウンである城陽市の名産品。ぜひユニフォームにと提案したら“やりましょう”と応えていただいた。耐久性などの課題もあるので、ユニフォームサプライヤーでもある地元企業のワコールさんにも協力していただきました」

●地域に根差す取り組みですね。地元の素晴らしい産業を広く発信する機会になります。


「昨年は城陽市特産のイチジクをテーマにした“城陽メルカート”という青空市場を、地元の若い人たちやショップ・レストランの人たちなど、みんなで一緒にやりました。去年はたくさんの方々にお越しいただいたので、今年は人工芝グラウンドも開放する予定です。青空市場は露店も出ますから、使っても大丈夫なのか人工芝のメーカーさんに問い合わせたところ“大丈夫ですよ。Jグリーンでは神輿も出ていますから”と」

●人工芝グラウンドは、アカデミーの選手たちの練習場ですが。


「確かに、若い選手の育成のための施設です。でも、京都サンガのためだけじゃなくて、地域の人たちに開放することも大切でしょう。すでにフットサルパークも地域のグランドゴルフの人たちに使っていただいていて、サンガカップも開催しています。こういったことも地域に還元できることの一つだと考えています」

●地域貢献は素晴らしいのですが…


「“祖母井さんは何をやっているんだ?”と思う人がほとんどでしょうね。でも、これもサッカーなんです」

地域に根差した活動はJリーグの活動方針にも掲げられているが、京都サンガの取り組みは、まさに“脱サッカー”だ。子育てや教育から地域産業の振興まで、サッカーにこだわらず幅広く取り組む。クラブ・地域の垣根を越えて人々と交流し一緒にプロジェクトを推進する。そこに“Jリーグクラブ”という特別感はない。その背景には、祖母井さんのヨーロッパでの経験があった。

「地域から生まれて100年以上の歴史があるクラブが、ヨーロッパにはたくさんあります。そこでは、クラブが人々の生活の一部になっている。試合の勝敗だけではない、サッカーが人生の話になっているのです。日本はどうでしょう。Jリーグの歴史は21年。地域ではなくスポンサー主導で多くのクラブは誕生しました。Jクラブは、今、地域に根差していますか? 上からの目線で地域を見ていないでしょうか。これからの時代、クラブの発展のためには地域の力が必要です。いろいろな人が足を運んでくれるような働きかけをしなくてはいけない。そのためには、クラブが地域と同じ目線に立ち、文化や歴史や産業に触れ、さまざまな人と出会うことが大事なんです」

●サッカーだけがJクラブではではないと。


「ヨーロッパのクラブとは生い立ちが異なりますから、日本のクラブが地域に根差すのは、そう簡単ではありません。でもそこに、これからのJクラブのあるべき姿がある。確かに、クローズアップされるのはトップチームの成績ですし、私も、その覚悟でやっています。でも、トップだけが、ピッチだけが、サッカーじゃない。もっとトータルで見ていかなければ」

 

「たとえば、日本に“ビルバオ”みたいなクラブがあっていい」

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地域に根差すクラブについて語る中、祖母井さんの言葉にその名前が挙がった。“アスレティック・ビルバオ”。スペインのバスク地方のクラブである。バスクは、スペインでも独特の文化や言語を持つ自治州で、スペインからの独立を標榜。その精神はクラブにも反映され、バスクにこだわり、バスク出身の選手だけでスペインリーグを戦っている。“ビルバオ”は、バスクの誇り。バスクそのものなのだ。
Jクラブは、多くが企業主導で誕生した。地域というバックボーンを持たないクラブが本当に地域に根差していくためには、まだまだ、課題は多い。

●地域貢献活動を通じて、京都サンガと地域との関係は変わりましたか?


「これまで関心のなかった人たちが、少しずつ、クラブの方を向いてくれるようになったでしょうか。でも、まだまだこれからです。もっと地域と目線を合わせていかなければ。クラブが生まれた歴史や背景なども考える必要もあるでしょう」

●歴史や背景、ですか?


「京都には、1922年に設立した歴史あるサッカークラブがあります。京都紫光クラブです。100年近く地域で頑張ってきたクラブに無関心なままで、本当に地域に根差すことができるでしょうか。私はね、日本に“ビルバオ”みたいなクラブがあっていいと思うんです」

●地域色豊かなクラブということですね。    


「京都には素晴らしい歴史や文化がありますし、京都人としてのこだわりもあります。クラブも、もっと京都らしさを出したらいいのではないでしょうか。将来的には、京都出身の選手ばかりのクラブになるのもいいと思う。京都だからできる、京都ならではのクラブ。計画中の新スタジアムもそうです」

●ファン・サポーターにとって、新スタジアムは長年の夢でした。


「ファン・サポーターだけではなく、“みんなの家”にしたい。サッカーに興味がある人もそうでない人も、さまざまな人が出会い、みんなが集まるコミュニティの場です。たとえば、ヨーロッパのスタジアムにはレストランなどの施設があって、サッカー観戦だけではなく、試合前後に家族や友人が集まって食事を楽しむ場になっています。試合のない日に利用できる工夫もありますよ。日本には、サッカーのスタジアムをコミュニティ的に利用する文化はまだありませんが、新しいスタジアムが、サッカーを通じて出会った人々の交流の場になればいいですね。試合のための箱物ではなく、日本らしい、京都らしい、新しいサッカー文化を発信できるスタジアムを、これから京都の人たちみんなで考えていきたい」


京都サンガの“勝利への方程式”。

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ジェフ千葉では、オシム監督とともにナビスコカップ優勝を経験した。フランスのグルノーブル・フット38では、勝点12の差を覆して1部昇格を果たした。祖母井さんは、どうやって、チームを強化していったのだろう。
サッカーに“絶対勝てる方法”などない。
しかし、勝利をつかむために必要な条件は存在する。
京都サンガが強くなるために、祖母井GMが必要だと考えたのは“和”だった。

●トップチームは、厳しい戦いが続いています。


「監督や選手たちは、今、すごいプレッシャーの下で戦っています。“ホームで下位に負けるな”“絶対に勝たなければ”というプレッシャー。でも、サッカーに絶対はない。上位チームが勝てないことはありますし、プロがアマチュアに負ける試合だってある。“絶対勝て”って言われますが、勝点を取ることは、そう簡単ではないのです」

●でも、これまで祖母井さんが携わってきたチームは強くなりました。


「名監督と言われる人は、勝つための独自のセオリーを持っています。たとえばモウリーニョさん。率いるチームは必ず強くなりますね。オシムさんもそうです。手がけたチームをことごとくチャンピオンへと導きました。そこには独自の“勝利への方程式”があるのです。ジェフ千葉での3年半、私はオシム監督と行動をともにする中で、その“勝利への方程式”を目の当たりにしました」

オシム監督の“勝利への方程式”には、いくつか具体例がある。監督・コーチの指示を待つのではなく、自ら気づき分析すること。タフな環境が、強いメンタリティや逆境を乗り越える創意工夫を育むこと。選手に対する平等さ、100%出し切る大切さ、仲間のミスを指摘できる強い信念と責任感、チームとしての調和やサッカーに対する先見性、そして、リスクを冒してチャレンジすること。
京都サンガで祖母井さんが最初に求めたのは、選手たちへの平等とチームの“和”だった。

「京都サンガのGMに就任した時に、クラブにお願いしたことがあります。それは、“選手に格差をつくらない”ことです。“和”を大切にすることで全員がチームとして戦い、全員でJ1を目指したいと。降格とともに主力選手が移籍する中、アカデミーからの昇格組も含めた若い選手たちで、大木監督にチームづくりをお願いしました。このメンバーで、このサッカーで、J1で戦おう。今、選手たちは全員が“チームのために”という思いで戦っています。その結束力が、チームの力なのです」

●全員で戦っているという印象は、試合からもうかがえます。


「チームとしての雰囲気もいいし、大木監督の色を出しながらチームで試合をつくれるようになってきたと思います。もちろん、課題もあります。戦う集団として、もっともっとお互いに意見をぶつけ合うようにならなければ。サッカーでは、一瞬のミスが負けにつながります。軽率なプレーを厳しく叱責できるような言い合える関係をつくることは、勝つための条件。もっと気持ちを表現すること。エモーションを見せること。勝利のメンタリティを持って、チームとしてまとまっていってほしい」

“選手に格差をつくらない”という方針は、祖母井GM就任から今日まで一貫している。これまでの補強は、抜けた選手をカバーすることが中心で、助っ人的な外国人選手などの大型補強はなかった。
昇格候補にあげられながら苦戦が続く2013年の夏、ライバルチームが有力選手を獲得していく中で、京都サンガは補強ゼロを決める。

「応急処置的な補強で昇格した。その選手がいなくなったら降格した。それでは、本当にチームの未来につながる成長にはなりません。これまで大木監督の下、即効性のある選手の獲得に頼らず、選手もチームも、失敗を繰り返しながらここまで成長してきました。この夏も、補強には動いていたんです。ヨーロッパとブラジルでスカウティングを行い、選手のリストアップもしていました。それをもとに、監督も社長も、オーナーも含めた全員で話し合った結果、今までどおりでいくと決めた。補強ゼロは、今いるメンバーで戦うというクラブの決意なんです」


選手ではなく、人として。サッカーではなく、人生として。

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祖母井さんのサッカー人生には、サッカー以外のエピソードがあふれている。父親と観に行った洋画のこと。初めて東京に出た時のこと。文通していたドイツ人女性。戦争で仕送りが途絶えたレバノン人との共同生活。周囲の人に助けられ、働きながらプレーしたブレーメンでの日々。“…で、トータルで、今の僕があるわけ”。
プロのサッカー選手としてプレーできる時間は、長くはない。その先の人生を見据えることも、クラブの使命ではないだろうか。祖母井GMは言う。選手たちには人として成長していってもらいたいんです、と。

「京都サンガは、小学生から育成に取り組んでいます。といっても、小学生のチームをつくるというのではありません。サッカースクールなどは開催していますが、基本的には、小学生年代は地域の指導者に任せています。理由ですか? 仮に、京都サンガが上手い選手ばかり集めてチームをつくったとします。おそらく、地元のチームと対戦したら圧勝するでしょう。そうしたら、地元の子どもたちはサッカーがつまらなくなってしまうかもしれない。地元に元気がなくなってしまいます。それに、チームに入った子どもたちも、親からのプレッシャーが大変でしょう。小学生チームから順調にトップ昇格した選手というのは、そう多くはないのです」

●サッカーの英才教育をすれば強くなれると思っていました…


「子どもたちにサッカーの技術ばかり教えて、サッカー選手になれなかったらどうしますか? トップに選ばれなかった子どもたちが伸びる環境も少なすぎます。これはスポーツに限らないのですが、私には、日本は失敗したらやり直しがきかないシステムになっているように思えてならない。サッカーの技術向上ばかりではなくて、子どもたちの将来のことも真剣に考えるべきではないでしょうか」

●京都サンガの育成は“人間性”を重視していますね。育成の指導者の方も、“人として成長してくれるのがいちばん嬉しい”ということをおっしゃっていました。


「そこはいちばん大切です。サッカー技術が向上するとかいい選手になるとか、それだけではなくて、人として成長していってほしい。サッカー人生って言うけれど、サッカーが終わった後も人生は続く。その人生のほうが長いんですよ」

●“人である”ということが大切だと。


「そのことは、ジェフ千葉でオシム監督もよく言っておられました。好きな言葉があります。“優勝するということは、負けるチームがあるということだ”。試合に勝って優勝することは、チームに関わるすべての人を幸福にすること。しかしそれは、負けたチームに関わる人々を不幸にすることでもある。そのことを、忘れてはいけないと」

●対戦相手へのリスペクトですね。


「勝利が厳しく求められる世界で、何よりも“人”であることを大切にする。クラブとして、私たちは、そこまで考えなければならないと思うのです」


●最後に、ファン・サポーターへメッセージを。


「これから京都サンガをどんなクラブにしていくか、私も、もっともっと勉強しなければと思っています。みなさんも一緒に考えてください。10年先、20年先、さらに未来へ。本当に地域に根差した、強く魅力的なクラブをつくるために」

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Text by Michio KII