ファミリーの絆を強さに変えて。 クラブに関わる全員で、戦おう。

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京都サンガF.C. 強化部部長 野口 裕司 氏

加入は1994年。“京都パープルサンガ”創設時から、9年間このクラブでプレーした。現役引退後も普及部コーチやスカウトとしてクラブに携わり、今シーズン、強化部部長に就任。現役時代の呼び名に触れると「たまたま長く在籍しただけですから」と笑うけれど、変化の激しい揺籃期からずっとチームで活躍し続けるのは並大抵ではないだろう。サッカーへの情熱、クラブ愛、選手・チームへの思いと献身は、当時も今も変わらない。
ミスターサンガは、その名のとおりこのクラブによく似ている。
明るく誠実で、ひたむきに夢と向き合い、どこまでも熱い。

 

 

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「何でも聞いてください。ぼくでよければ(笑)」
野口さんは、Jリーグでいちばん謙虚な“ミスター”ですね。

 

――野口さんが加入されたのは、クラブ立ち上げの頃だと伺っています。

「1994年、クラブができたばかりの頃でいろいろ大変でした。最初は専用のグラウンドもありませんでしたから、練習場を転々とする日々です。中にはシャワーがない施設もあって。そういう時代でしたね。今となってはいい思い出です」

 

――最初はJFLで戦い、96年にJリーグに参入。揺籃期の京都サンガはどんなチームだったのですか?

「初めてのところからのスタートだったので、試行錯誤的なところがありました。まだチームができあがっていなくて、選手も監督も入れ替わりが激しかったですね。有名な選手も来ましたし、外国人選手の国籍もさまざま。監督も、日本人だったりブラジル人だったりしました」

 

――そんな中でも9年間京都サンガでプレーされて、“ミスターサンガ”と。

「そう呼んでいただけるのはもちろん有難いのですが、あまりミスターというイメージでは…。私はたまたま長く在籍していただけですから」

 

――でも、監督も選手も変わっていく中で、ずっとチームで活躍されるのは簡単ではないと思います。

「サッカーを観るのが好きで、いろいろなサッカーに興味があったのが良かったのかもしれません。ブラジルのサッカーも好きだし、ヨーロッパのサッカーも面白い。いろんなスタイルのサッカーが好きだったんです。だから、監督が変わってサッカーが変わってもうまく適応できたと思います」

 

――現役時代はいろいろなポジションで活躍されましたね。

「いろんなポジションができる…ってわけでもなかったんですけど(笑)。もともと攻撃が好きで加入した時はFWだったんですが、中盤でプレーするようになり、最後はサイドバックもやりました。自分の中で試合に出たいという気持ちがいちばん強いので、『監督の望むサッカーをしよう』『出場の可能性があるポジションをやろう』と思っていました」

 

――ユーティリティプレーヤーがまだ少なかった時代、野口選手は頼もしい存在でした。

「ユーティリティプレーヤーって、良く言うとそうなんですけど、私の場合はあまりこだわりがなかったという…(笑)。ユーティリティとかポリバレントとか、言葉自体もあまり定着していなかった頃です。当時は『おれはこのポジションで勝負するんだ』っていう職人気質の選手が多かった気がします」

 

――そういう意味では、今は選手もだいぶ変わりましたね。

「指導者が変わったのもあるでしょうね。私が小学生の頃はそんなにいろいろ教えてもらえなくて、『蹴って走れ』って感じでした。今は、海外からもすごくたくさん情報が入ってきますし、留学経験のあるコーチも増えてきています。いろんなタイプの指導者がいて、いろんな教え方ができますから、選手がまだ小さいうちからいろんなポジションをやらせていると思うんです。子どもたちはいろんな可能性を秘めていますから、なるべくいろんなサッカーに出会ったほうがいい。それぞれの能力を伸ばす意味でもそうですし、将来的に、たとえ所属チームが変わってサッカーのスタイルが変わってもプレーできるでしょうから」

 

――では、現役時代、プレーする上で大切にされたことは何ですか?

「ボールを大事にすることです。だから、どんな時でもボールを失わないように基本技術だけはきっちりやった記憶があります。止めて、蹴る。パスをつなぐ。プロの試合では華やかなプレーに目がいきがちですが、そこに至る準備や駆け引きで基本ができているから、ボールを失わずにフィニッシュまでいけるんです」

 

――プロなら基本ができて当たり前だと…

「そういうイメージがあるでしょう? もちろんフリーだったらプロはミスしません。でも、相手の寄せが厳しく早くなってくると、どうでしょうか。厳しいプレッシャーの中でも基本ができるか、そこが一流かどうかの分かれ目です。代表になれるのは、そこができる選手たちなんです」

 

――野口さんは代表クラスの選手ともプレーされましたね。

「一緒にプレーした選手の中でも、遠藤(保仁)選手の基本技術はやはりレベルが違いました。朴智星(パクチソン)選手も、日本のポゼッションスタイルにふれる中でどんどんうまくなっていきました。もちろん、二人ともサッカーセンスは抜群に良かった。危機察知能力、スペースを埋める動き。あれだけの選手だから当然厳しいマークがついているはずなんですが、ここぞという時には必ずいちばんいいポジションにいる。そこはなかなか、教えられる部分ではないですね」

 

――余談ですが、朴選手と仲が良かったと。

「智星が来ることになった時、たまたまプロフィールを見ていたら、誕生日が同じだったんです。それで運命感じて(笑)。これはちゃんと面倒見ないといけないなと。日本に馴染むまではいろいろやってあげようと思いました。ちょくちょく遊びに行ったり、よく食事に連れて行ったり。それが仲良くなったきっかけです」

 

――現役引退後はクラブのスタッフになられましたが、今、野口さんからご覧になられて、どんな選手がクラブに残れるのでしょうか?

「クラブ愛だったり情熱だったり人間性だったり、そういうところは大事になってくるのかな。サッカーの技術だけじゃなくて。たとえば育成に携わるコーチでも、人間性を教えないとサッカーも伸びていかないし、育成の選手たちも多くは社会人として巣立っていくわけですから、その時に立派な人間に育てないといけない。だから、人間性の分部は大きいと思います」

 

――野口さんご自身は普及部に入られましたが、当初からセカンドキャリアのイメージはありましたか?

「サッカー界に残りたいというのはあったんですけど、その中でいろんなことをやりたいと思っていました。普及、育成、強化、事業とかそういうことも含めて経験をして、自分に合ったところで生きていきたいというのがあったんです。『絶対指導者になる』という人も多いですが、そういうこだわりはなかったですね。で、最初は普及部コーチになって、スクールで子どもたちと触れ合って。ことあるごとに『基本が大事だよ』って言っていました(笑)。同時にジュニアユースでも指導をしたり、滋賀県にある中学生のクラブチームに派遣されて育成にも携わりました。4年間、普及や育成を一通り経験したタイミングで、ちょうどスカウトのポジションが空いたので、会社にお願いして強化に携わることになったんです」

 

 

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「ビッグクラブに対抗するには、誠意をみせるしかないですから」
野口さんの誠意には、人の心を動かす力があると思います。

 

――実際にスカウトになられて、いかがでしたか?

「結構自分に合ってるかな、っていう気がしました。スカウトをやっていると、高校や大学の試合を観る機会も多くなるじゃないですか。単純にいろんな試合を観るのが好きなので『あ、これ面白いな』と思ったんです」

 

――スカウトのイメージは、試合を観て、いい選手を見つけて説得する仕事という…

「なかなか、それだけじゃないんですよね。意外と奥が深いんです。それが面白くて、どっぷりはまりました(笑)。スカウトにも、いろいろな駆け引きや作戦があるんですよ。他のクラブの動きを見たり、監督をはじめまわりの人たちに味方になっていただくことも必要です。選手によってはすごく仲が良いコーチがいるとか、ユースやジュニアユース時代の恩師を慕っている場合もありますから、その選手が本当に信頼しているのは誰かを見極めるのも大切ですね。そういう大事な人物は選手との会話の中で何度も登場しますから、その人物にアプローチするんです」

 

――サッカーを観る目だけではなくて、人間性やコミュニケーション能力も問われそうです…。選手や恩師を説得するコツはありますか?

「コツ…。“話がけ”とかでしょうか。有望な選手は他のクラブのスカウトも注目していますから、彼らが週に2~3回グラウンドを訪問するならこっちは4回行ってみるとか。関東や他の地方の選手の場合はなかなか足も運べませんが、近県まで行くことがあれば寄る時間がなくても電話を入れたりしていました。会いに行った時はもちろんですが、行けない時でもひとこと声をかけるだけで印象は全然違います。そんなふうに誠意をもって向き合うことは心がけていました。もちろんチーム事情もありますから誠意だけではなかなか難しいのですが。ビッグクラブに対抗するには、そこは、誠意をみせるしかないですから」

 

――学生、外国人、他のクラブの選手など、スカウトにも専門があると思いますが、野口さんは?

「基本的には高校生・大学生が中心でした。もう移籍しましたが、中村充孝選手や染谷悠太選手はスカウト1年目の時に声をかけた選手で、思い入れがあります。中村選手は市立船橋高校ですが、出身は大阪。中学時代の恩師に会いに行ったりしましたよ(笑)。また、今シーズン加入した和田篤紀選手や内田恭兵選手も、関西大学1年生の時から関西ステップアップリーグに出ていて注目していました。ステップアップリーグの学生選抜チームには各大学の主力が集まりますし、その選手たちがプロを相手にどれだけできるかを見るチャンスで、スカウトにとって非常に有意義でした」

 

――スカウト時代に、印象的だったことは?

「智星と仲が良かったこともあり、韓国によく行きました。李正秀(イジョンス)選手や郭泰輝(カクテヒ)選手は、出会った当時は韓国代表に入るか入らないかという選手でしたが、京都サンガで試合に出るようになってからとんとん拍子で韓国代表に定着、キャプテンをするまでになった。そういう意味ではすごく印象深いです」

 

――京都サンガに加入する韓国人選手は活躍する人が多いですね。

「韓国では京都サンガの名前は結構知られているんですよ。智星は韓国の英雄ですから、彼が在籍したチームというので注目されています。それに、李正秀選手や郭泰輝選手も活躍していますし、鄭又榮(チョンウヨン)選手が京都サンガに来てオリンピック代表になったというのもあって、『京都サンガに行ったら出世する』という認識があるみたいです」

 

――スカウトとして、選手のどこをご覧になっていたのですか? “いい選手”とは?

「ポジションにもよりますが、基本技術はまず見ます。あとは、ストロングポイント。足が速い、ヘディングが強い、技術力が高い、ユーティリティプレーヤーというのもある意味ストロングポイントです。あまりマイナスのところは意識しません。完璧ではなくてもいい、そういう特長のある選手をなるべく見るようにしています」

 

 

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「全員で盛り上げ、全員で昇格したい。誰ひとり醒めた選手は出したくない」
強化部部長になった今も、チームへの熱い思いは現役時代と同じですね。

 

――7年間のスカウトを経て、今シーズンから強化部部長に就任です。

「試行錯誤で頑張ります(笑)」

 

――スカウトの時とはお仕事もずいぶん変わったのでは…?

「もう、いろんなことがあります…(笑)。まずはチームの編成ですね。監督やコーチなどの編成に関して、フロントみんなで決めていきます。それから、選手や代理人との交渉もあります」

 

 

――そのチーム編成に関して、今シーズン和田昌裕監督を招聘された理由を。

「世の中には素晴らしい戦術や戦略を持っている人がたくさんいます。ただ、どんなに知識が豊富で戦術に長けていても、選手がそれをグラウンドで表現できなかったら意味がないと思うんです。だから、監督には選手を動かすモチベーターの部分を求めたい。和田監督は、ヴィッセル神戸におられた時も昨年チョンブリーFCで指揮された時も、選手を動かせる監督だと思いました。選手からの信頼がすごく厚いと感じる場面が多々見受けられて。こういう監督に任せたいと思いましたし、またそういうチームにしたいと思いました」

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――選手の補強は、若手とベテランが中心になりました。チームづくりの方針は?

「昨シーズンは、クラブ史上最低のJ2リーグ9位でした。シーズンを振り返ってみて、内容で勝っているのに引き分けたり、終了間際で追いつかれたり、勝点を落としている試合がすごく多かった。経験不足もあり、ベテラン選手の必要性を痛感しました。そこで、既存の選手や若手選手と経験のあるベテラン選手の融合みたいなテーマでチームをつくったんです」

 

――今シーズンのチーム、先輩が怖そうです…(笑)

「そのほうがいいんじゃないですか(笑)。シーズンはまだ始まったばかりですが、大黒選手や山瀬選手は昨年以上に若手に声をかけてくれていますし、新加入の金南一(キムナミル)選手も山口選手も、若い選手を見てくれています。彼らが試合に出てプレーで示してくれるのはもちろんですが、あれだけ長年やっている選手たちなので、私生活や言動にも長年サッカー界で生き残るためのヒントがいっぱいあると思うんです。そこを若い選手たちには感じてもらって伸びていってほしい」

 

――強化部部長として今シーズンへの思いは?

「全員で盛り上げて全員で昇格したいというのがあります。誰ひとり醒めた選手は出したくない。チーム一丸となって戦っていこうというのが今年のテーマなので、そこはブレずにやっていきたいですし、チームのみんなにもそこは感じ取ってもらえたらと思います」

 

――ファン・サポーターも、京都サンガのチーム力に注目ですね。

「もちろんそこも見ていただきたいですし、逆にファン・サポーターの方とも一緒になってやっていきたいですし、やってもらえたらなと思います。後押ししてもらえたらなと思います」

 

――最後に、ミスターサンガと呼ばれた野口さんは、京都サンガの魅力は何だと思われますか。

「あたたかいところですかね。サンガには在籍年数が長い人がすごく多いんですよ。今シーズンは石丸コーチや平井GKコーチが戻ってきてくれました。育成や普及部のコーチも京都サンガでプレーした選手が多いですし、強化部に入った鈴木慎吾や本田将也もそうです。ファン・サポーター、スポンサーも含めて、厳しさもありながら長い目でクラブを見守ってくれている。ファミリーのようなあたたかさがあります。今シーズンはファミリーの絆を強さに変えて、昇格へ、勝負したい」

 

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Text by Michio KII

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