奈良に、Jリーグがある幸福を。   

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激戦の関西1部リーグで、苦しい戦いを続けるチーム。しかし、大勢の人々が変わらず応援を続けてくれた。J3設立で、クラブも地域もモチベーションが上がる。
奈良にJクラブが誕生する日は、近い。

勝てない経験が、未来への糧になる。

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矢部さんが加入してから、これまでクラブは順調にステップアップを続けてきた。
奈良県リーグから関西2部、そして関西1部へ。
天皇杯では奈良県代表として出場し、Jクラブと対戦したこともある。
2011年には、JFLにつながる地域リーグ決勝大会へもコマを進めた。
昨季は関西1部を2位でフィニッシュし、昇格が期待された今季。
しかし、リーグ戦を3試合残した段階で3勝3分5敗、まさかの5位。
はじめての試練を、クラブはどう乗り越えていくのか。

●今季の関西1部は、激戦ですね。


「ここまで勝てないシーズンは、これまでありませんでした。プレシーズンは良かったのですが、開幕戦で敗れたことが尾を引いて切り替えられずにきてしまった。他のチームのレベルは上がってきていますし、うちとしても甘さというか、課題が表出したシーズンです」

●課題ですか。


「攻撃的に戦っているのですが、ドローや1点差で負けるなど、得点を奪えていないのが響きました。でも、その分いろいろな戦い方を学んでいます。引いて守る相手にどう対処するか、時間帯によってどう戦うか。結果が出ないのは苦しいけれど、そこは謙虚に受け止めていますし、それでふてくされるような選手はいません。まだまだプロのレベルではないかもしれませんが、取り組む姿勢は評価できると思います」

●取り組む姿勢、具体的には?


「勝っている時は、チームの雰囲気もいいものです。でも今シーズンは、なかなか結果が出ていません。顔を上げるにはエネルギーがいる状況ですが、選手たちはみんなひたむきにサッカーを続けている。トレーニングにムラがない。練習試合では年齢もカテゴリーも下のチームと戦ったりするのですが、どんな相手にも気を抜くことはありません。核となる選手たちがそのあたりは意識的に取り組んでいてくれて、落ち込んだ時もみんなが上を向かざるを得ないんです。小さなことですが、勝っても負けても自分たちはブレない、というところはできたかな。奈良クラブらしく、どんな結果であろうとも、夢に向かってチャレンジする姿勢を見せられる。これから上のカテゴリーを目指していく中で、クラブを支える根っこづくりができた感触はあります」

●ファン・サポーターの応援も、ずっと変わらず熱いです。


「選手たちは、みなさんに喜んでもらいたいという気持ちでプレーしていますし、ファン・サポーターの方々も、選手たちと同じ気持ちで応援してくれているんだと思います。本当に、あたたかいサポーターです。忘れられないのは、第7節。全社の関西大会への出場権が潰えた試合でした」

全国の社会人リーグ上位チームが集まってナンバーワンを決める全社(全国社会人サッカー選手権大会)。この大会で上位に入れば、JFL昇格につながる地域決勝(全国地域サッカーリーグ決勝大会)への出場権が得られる。今季は、地域リーグから飛び級でJ3を目指すクラブもあり、選考には地域決勝での成績も重要だ。
全社への出場枠を争う関西大会へは、関西1部リーグからは上位4チームが参加できる。奈良クラブが参加するために、第7節は絶対に勝たなければいけない試合だった。

「1-1で迎えた後半アディショナルタイムに放った勝ち越しのシュートは、ゴールラインを割ったのか、割らなかったのか…。ゴールなら全社へ望みをつなげますが、結局ノーゴールという判定で出場権を逃しました。今年こそは昇格を、という思いがありましたから…。応援してくださったみんなにも悔しい思いをさせてしまった。その試合の後で、ファン・サポーターの人がチームのバスを囲んだんです」

●抗議ですか?


「バス囲みといえば、ふつうは抗議するイメージですよね。でも、みんな、その場でバスを磨きだしたんですよ。“自分たちもクラブを支えているんだ”という気持ちが伝わってきました。奈良クラブのファン・サポーターらしいな、って思いましたね。本当にあたたかい応援を続けてくれて、“一緒にやっていこう”って思ってくれています。その人たちに、応えたい。奈良クラブがあることで、人々の生活が豊かになるような、そんなクラブになりたいと思いました。選手たちの姿を見て、勇気とか、頑張る気持ちを感じてもらえるようになったら嬉しいですね。クラブも選手も、ファン・サポーターも、みんなで成長していきたい」


Jリーグ準加盟申請。遠い憧れは、リアルな目標になる。

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“奈良にJリーグは無理だ”そんな風潮の中、Jリーグ入りを目指してクラブは活動を続けてきた。チームづくりとともに、地域の人々とのふれあいも大切にしてきた。選手たちはサッカーの傍ら地元の企業で働き、スクールやイベントにも積極的に参加する。行政やサッカー関係者はもちろん、企業や町の人々の間にも“奈良クラブ”の名が広まってきた。
そのタイミングで、2014年J3がスタートする。
奈良クラブは、Jリーグ準加盟申請に動いた。

●J3の設立は、クラブにどんな影響がありますか?


「すごく大きなモチベーションになります。これまで奈良では、Jリーグは遠い存在でした。Jリーグを目指しているといっても、なかなか理解していただけない。それが、J3ができたことで“J”の存在がぐんと身近になったんです。いきなりJ2というのは難しいけれど、J3という現実的な目標ができたことで、クラブとしても動きやすくなりました。選手たちも同じです。自分たちもJに行けると」

●Jリーグ準加盟申請にも、いち早く動きました。


「審査もありますのでまだわかりませんが。これまで、Jリーグを目指すクラブという理解を地域の人々に求めてきた中で、少しずつクラブの存在が受け入れられるようになってきました。その積み重ねが結実してきたタイミングで、J3ができることになったんです。Jリーグへ、まわりのみなさんのモチベーションも上がっています。Jリーグ準加盟申請は、僕たちだけじゃない、ファン・サポーターやサッカー関係者、地域の人たちの想いでもあるのです」

●たくさんの人たちが、奈良クラブを応援しているんですね。


「町に出ると、“奈良クラブの話、よく聞くよ”と言われるようになりました。みなさんには、本当にいろいろな場面で助けていただいています。ポスターを貼ってもらったり、イベントに呼んでいただいたり、選手たちも可愛がってもらっていますし。僕たちと同じように、本気でJを目指してくれる人たちが増えてきていると感じます。奈良クラブがJを目指していけるのは、自分たちだけの力じゃない。これからも、地域に根差す取り組みを継続し、その活動をもっと広めていける仕組みづくりを考えていきたいと思います」


僕たちは、奈良クラブだ。

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ホームでもアウェイでも、試合にはいつも大勢のファン・サポーターが集まってくる。地元の町で、今まで以上に奈良クラブの名を耳にするようになった。Jリーグへ、確実に成長を続けるクラブで、矢部さんは、GMと監督を兼任する。クラブの運営とサッカーの現場。
最後に、その多忙な日々の中で抱いている思いを、語ってもらった。

●GMと監督の兼任は、いろいろと大変だと思いますが。


「責任のある立場ですし、試合に勝てなかったら凹みますし…。だけど、苦しい、というのはありません。運営面ではスタッフも増えましたし、まわりのサポートもあるので助かっています。ただ、“見え過ぎる”ところが辛い。選手たちは愚痴ひとつこぼしませんが、厳しいトレーニングの後で仕事に行き、頑張って働いているのを知っていますから…」

●兼任の辛いところですね…。矢部さんは、どんな監督さんなんですか?


「選手たちから“監督”って呼ばれたことないですよ。年齢も近いし、一緒にボールを蹴ったりするし。選手たちは、僕のことを監督なんて思っていないんじゃないでしょうか」

●でも、サッカーに関しては厳しいです。


「僕自身はこんな感じなんですが…(笑)。選手たちには思い切ってチャレンジしてほしい。だから、それができる雰囲気をつくりたいと思っています。奈良クラブが、選手たちが夢を追いかける場所になればと。トップチームだけではなくて、セカンドチームや子どもたちにもその環境をつくってあげられたらいいですね。そしてもちろん、ファン・サポーターの人たちにも。地元にJリーグのクラブがある楽しさを奈良の人たちに知ってもらうことが、僕たちの役割だと思うんです。そのためにも、奈良らしさを出したクラブにしたい」

●奈良らしいクラブ…


「サッカーって、サッカーだけやっていてもだめなんです。経験や思い、考え方、生き方、すべてがサッカーに現れる。今、僕たちが奈良で生きていることを最大限に表現できたら、素晴らしいチームになるんじゃないかと思うんです。選手たちは、ファン・サポーターのあたたかさや地域のサポートをしっかりと受け止め、悔しい経験も糧にしながら、全員がひたむきにプレーしています。だからきっと、Jに昇格できる日が来る」

●地域のみなさんと、Jリーグに行くんですね。


「その日に向けて、やりたいことはたくさんあります。たとえば、大げさだと思われるかもしれないけれどスタジアムをつくりたい。トップチームの試合だけではなく、子どもたちもプレーする。なでしこリーグの試合もできたらいいですね。サッカーだけじゃなくて、フィットネスやカルチャーやさまざまな施設を複合して、みんなが集まるコミュニティになるスタジアムを、奈良の人たちとつくっていきたい。僕たちは、フットボールクラブじゃない。奈良クラブだ、って」

Text by Michio KII

 

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