優勝と昇格をかなえた、地域クラブの“プロ基準”。

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奈良クラブ 監督 中村 敦 氏

 

2015シーズン、奈良クラブが昇格したばかりのJFLで快進撃を続けている。チームを率いるのは、Jクラブでコーチを経験しAFC Diploma Licenseを持つ中村敦監督。就任1年目の2014シーズンに前年5位のチームを関西リーグ・全国地域リーグ決勝大会で優勝させ、カテゴリーが上がった今シーズンも虎視眈々とJ3参入を狙う。その強さの原動力は何か。

「Jを目指すチームだから、私はここに来ました」。奈良クラブをJクラブにするために、中村監督はプロのまなざしで今シーズンもチームを牽引する。

 

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最後まで絶対に試合を諦めない。
優勝へ、戦うチームに成長した
2014シーズン。

 

――まず、2014シーズンに奈良クラブの監督になられた経緯を。

「AFC Diploma Licenseを取って監督になろうとしていた時に、『奈良クラブが監督を探しているから』と紹介されて、って流れです。たまたま、大学の後輩が矢部GMの知人だったんで」

 

――中村監督はJクラブのコーチ経験もおありです。地域リーグだった奈良クラブに来ることに抵抗はなかったんですか?

「ないですよ。まったく。監督ができるチャンスはそうそうあるわけではないですし、現場のところでは自由にやらせてもらえるということでしたから。それに、奈良クラブはJリーグを目指しているクラブです。逆に言うと、そんなクラブが監督としての実績がない私に、よくチームを任せたなと。GMには感心します(笑)」

 

――監督経験1年目で地域リーグからJFLへ昇格というのもすごいと思います。絶対昇格というプレッシャーはなかったのですか?

「プレッシャーはありません。勝つために、最大限の努力をしただけです」

 

――2014シーズンの奈良クラブは、オフにJリーガーを補強するなど積極的なチームづくりを行いました。監督に就任されて、どんなチームだと思われましたか?

「いい選手もいます。でも、私がそれまで見てきたプロの選手と比べて、足りない部分もある。プロの選手は、技術力、判断力、フィジカルなどの要素がすべて高いレベルでそろっています。だから、足りない部分をできるだけ補ってプロのレベルに近づけることが、最終的にチームの勝利につながると思いました。あとは、ポジションの適正を見極めて調整していく必要があるとか。そういう穴というかスキの部分を、シーズンを通じてできるだけ少なくしていきました」

 

――選手をレベルアップさせるために、どのような指導をされたんでしょうか。

「競争もさせるし、厳しいことも結構要求します。褒めて伸ばすのもいいんだけど、最低限できなければいけない部分はできるようにならないと。ただ、こちらから指導はするけれど、あとは本人がどれだけそれを理解して自分で努力するかです。それでスキが少なくなった選手は試合に出る機会も多くなったと思うし、チャンスを与えられた選手はその中で一生懸命やっていました。まあ、それで良かったかダメだったかは、それはまた別の話です」

 

――関西リーグの印象は?

「選手個々の能力以外に、Jでやっていると少しあり得ないような要素が試合を左右するリーグだなと思いました。特にグラウンドのコンディションですね。つなぐ練習をしているのに、いざ試合になるとグラウンドがガタガタでつなげないとか…」

 

――チームとしてはどうでしょう。シーズンを戦ってみて、いかがでしたか?

「リーグが始まった頃はまだやりたいサッカーが浸透しておらず、中途半端な感じで結構苦しみました。だけど、勝つにつれて流れができてきたというか。選手も自信をつけてきて、クラブ全体で優勝・昇格に向けてまとまっていったというのはありました。リーグ終盤は絶対に試合を諦めなかった。土壇場で追いついたり、最後の最後で1点取って勝ったりする試合が増えた。戦える選手が、最初の頃より確実に増えました」

 

――最後まで諦めない気持ちは、試合を観ていても伝わってきました。チームが一体となって戦う雰囲気、監督の存在が大きいのかなと思いますが。

「もともと仲のいいチームだったみたいです。それで、去年に関して言えば、優勝したからというのもあると思います。いくら指導や戦術が良くても、勝てなかったら意味がないですから。このカテゴリーって、選手はみんな働きながらプレーしているじゃないですか。勝つために、苦しい思いもしながらサッカーやっているんです。たとえ負けても『いい試合ができて良かったね』なんて絶対ない!結果が出ているから選手もついてくるんですよ。負けだすといろいろ不満も出てくる。そういうものです」

 

――これまでのところは、そういう負けこむ状況はありませんでした。

「やろうとするサッカーをブレずにできたのも良かったと思います。ただ、勝っていたからそれができたとも言えます。多くの場合、勝利することで迷わず進んできたものが、負けだしたら悩んでブレはじめるんですよ。方向転換して迷走して、ダメになっていく。これまでのところはそんな連敗はなかったけれど、今後そういう状況も十分に有り得ます。その時は、修正は必要だけど、できるだけ基本路線を変えないことが大切になってくるでしょう。選手も理解度が高いので、そこはしっかり戦えると思います」

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「勝つための準備」。
勝敗を決めるのは、ピッチの上とは限らない。

 

――関西リーグはJリーグ入りを目指すクラブも多く、全国でも激戦区だと思います。2014シーズン、リーグ優勝のポイントは何だったのでしょうか。

「勝つための努力を、最大限にやったことです。おそらく、他のチームよりやったと思います。練習もそうだし、練習への取組みもそうだし、ミーティング、スカウティング、自チームのプレーを映像で確認したり。地域リーグという予算も時間もない中で、限りなくJのチームに近いことはやってきました。私は、試合の勝敗を決めるのはピッチ上だけではないと思っています。ピッチ以外でどれだけ準備しているか。地域リーグで勝つには、その準備の部分もすごく大きいと思います」

 

――全国地域リーグ決勝大会(地決)に向けてもやはり準備された?

「地決の前に全社※がありましたね。開催地の和歌山は奈良からそう遠くはなかったので、あの大会のほとんどの試合をビデオに撮りました。どれが材料になるかはわからないけれど、どこかのチームとは地決で対戦する可能性があります。まったく知らずに対戦するよりも知っている状態で戦ったほうが絶対有利じゃないですか。細かいことだけれど、そういう勝つための準備はやりました」

※全国社会人サッカー選手権大会。全国9地域などでの予選を勝ち抜いた32チームが参加し、上位3チームは地決への出場権が与えられる。大会開催時、奈良クラブは関西リーグで優勝していたため、地決への出場はすでに決まっていた。

 

――そういう準備の部分というのは、Jクラブにおられた経験が大きいでしょうか。

「経験してきたこともありますし、初めてのこともありました。高地馴化って知っていますか? 地決の1次ラウンド、富士北麓陸上運動公園での試合に向けて、2週間ほど前から高地馴化を行ったんです。もちろん、高地馴化の知識なんて私にはありませんから、人づてに専門家を頼って。富士北麓陸上運動公園は標高が1,035m。一般に高度の影響が出るのは標高1,200mからで、800~1,200mの間は影響に個人差がある高さだと言われています。影響が出るか出ないかわからない。だったらどうする? やるしかないでしょう。高地馴化を。勝ちたいから」

 

――そこまでやるんですか…。優勝して当然だったのでは?

「勝って当然という意識はまったくありません。もちろん、試合するからには勝つつもりで戦いますし、努力の部分ではどこのチームよりも上回っていたと思います。だけど、試合はやってみなければわからない。アクシデントがあるかもしれないし、相手も対策してくる状況で100%勝てるなんて、そんなすごい監督だったら今頃ヨーロッパで活躍していますよ。絶対なんてない中で、いい結果を出すための努力をするだけです」

 

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JFLに満足せず、さらに上を目指して。
奈良クラブらしく、粘り強く戦う。

 

――今シーズンからJFLです。どんなリーグだとお考えですか?

「全国リーグ、レベルは高いと思いますが、J2のレベルではないだろう。だから、私がこれまで見てきたプロのレベルにうちの選手が近づけば、おのずと勝機も増えると思います。それでプレシーズンは、選手個々のレベルアップと、昨シーズン通してやってきた戦術の完成度を上げることに注力しました」

 

――地域から全国へ、戦い方も変わるでしょうか?

「変わらないと思いますよ。うちはバランス型のチームです。守備と攻撃をバランス良くする中で、どうやって相手ゴールをこじ開け自分たちのゴールを守るか。それだけの話です」

 

――クラブには元Jリーガーもおられます。チームへの影響力はいかがですか?

「オカ(岡山一成選手)とかシュナ(シュナイダー潤之介選手)とか、経験豊富なベテランになってくると一言一言説得力があるので、若い選手にもうまくアドバイスしてくれています。プレーでももちろん引っ張ってくれているけれど、そこは20代の選手が主力になっていかないと。ミスをせず集中するとか、最後まで頑張るとか、いろんな要素でチームを引っ張る存在になることを期待しています」

 

――新加入選手はいかがでしょうか。若い選手が中心のようですが。

「ポテンシャルはずいぶんあります。ただ、既存の選手は1年間地域リーグでレギュラーをずっとはってきて、しかも優勝しています。その経験値はすごく高いものがある。その中に新しい選手がどう踏み込んでいけるか、そこの厳しさを早く学んで活躍して欲しいですね」

 

――初めてのJFL、どのように戦いますか。

「もう、去年と一緒ですよ。粘って。自分たちの思い通りのゲームができてそれで勝てればいちばんだけど、そうできないこともいっぱいあると思います。じゃあ、その苦しい時にいかに戦うか。苦しくても粘って1点取って、負けを引き分けに、引き分けを勝ちに持ち込めるか。30試合その繰り返しだと思っています」

 

――そうやってシーズンを通して、また強くなっていく。

「経験を積んでね」

 

――そして、J3へ。

「奈良クラブがJリーグ入りを目指しているチームだから、昨シーズン私はここの監督になったんです。夢を実現するために、一生懸命仕事をやっています。だから、JFLに上がって良かったね、っていうことはない。JFLで優勝して、J3に昇格する。それしか考えていません」

 

――今シーズン、ライバルとなるチームはありますか?

「ライバルっていう前に、まずは自分たちがしっかりサッカーをすることです。ライバルはいないという意味ではなくてね。思い通りにプレーできなかったり、調子にのって油断したり、そういうのって要は自分たち次第じゃないですか。自分たちのやったことが、そのまま結果に跳ね返ってくるんです。そして、一生懸命戦っていく中で、ライバルというチームが出てくるんだと思います。たとえば昨シーズンの関西リーグ、最初はどのチームが上がってくるかわからない混戦でした。でも、戦っているうちにFC大阪さんといい勝負になってきた。リーグ戦で2試合して、地決でも決勝ラウンドで対戦してPKまでもつれ込んで。最後は関西リーグのカップ戦でも対戦した。最終的にはライバルという感じでした。今シーズンはわかりません。まず自分たちが頑張らなきゃ」

 

 

 

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チームの今と、クラブの未来。
奈良に、豊かな暮らしをつくりたい。

 

――奈良クラブは、ファン・サポーターの盛り上がりもすごいですね。監督からご覧になっていかがですか?

「地域の企業の方々やファン・サポーターのみなさんは、ものすごく応援してくださっています。そういう人々のバックアップがあって、チームはここまで戦ってこられました。ただ、プロにいくにはライセンスも必要だし、そう考えるとまだまだ足りないものがあります」

 

――プロ基準を満たしていないと。

「昨シーズンの天皇杯、ジュビロ磐田と戦った3回戦は本来ならば奈良クラブのホームゲームでした。でも、試合はヤマハスタジアムで行われた。奈良には大会規定を満たすスタジアムがないからです。このままではプロでは戦えない。施設的なこともそうだし、動員もプロの基準からするとまだまだです。もっとたくさんの人々を巻き込んでいかなければ。そのためには、奈良クラブがもっと人々に必要とされるクラブにならないとね」

 

――地域での活動もかなり積極的ですね。普及活動も盛んですし、バンビシャス奈良やシエルヴォ奈良など他のスポーツクラブとも連携されていらっしゃいます。

「Jクラブの中にも、他のクラブと連携しているところはたくさんあります。アルビレックス新潟や湘南ベルマーレは総合型地域スポーツクラブとして他の競技でも活動していますし、サンフレッチェ広島も他と連携して地域を盛り上げる取組みを行っています※。奈良クラブも、サッカーが好きな人だけのクラブではなくて、さまざまにつながりながら奈良全体を盛り上げていきたいと」

※P3 HIROSHIMA 広島交響楽団、広島東洋カープ、サンフレッチェ広島による地域活性化プロジェクト。

 

――“スポーツ文化”ということでしょうか。

「スポーツだけじゃなくてね。ヨーロッパには、生活環境が豊かで、そんなにお金をかけなくても人々が豊かに暮らしている国がいくつもあります。いい芝生のグラウンドがあって、公園やサイクリングロードが整備されていて、音楽を楽しめるホールがあって。そういう、心が豊かになる環境を奈良にもっとつくりたいんです。サッカーを起爆剤に、いろいろなスポーツや文化・芸術などが一緒に盛り上がって、みんなを豊かにする方向に向いていければいいなと思います」

 

――奈良に暮らすことを、もっと楽しく豊かにしたいと。

「私はチームの監督ですから、現場に集中するだけです。今の戦力で、与えられた時間で、精一杯のことをやって。選手たちも、仕事しながら一生懸命頑張っている。かなりしんどいと思いますよ。練習の後で仕事して、帰って寝て、またすぐサッカー。もちろん、みんなサッカーが好きで頑張っているんだけれど、同時に、奈良クラブがもっと強くもっと大きなクラブになって、奈良の暮らしを盛り上げていく礎になったらいいなって。そんなことも夢見ながらやっているんです」

 

――そんな奈良クラブの監督として、やりがいは何ですか?

「監督をやって、勝ったら自分も嬉しいけれど、選手も喜ぶし、ファン・サポーターも、たぶんその家族も喜んで。そんなふうに、まわりにいるたくさんの人を喜ばせることができる。それが楽しい。もちろん、相手チームの方々もいるのですが…」

 

――そんな喜びの連鎖を、今シーズンたくさん奈良に。

「そうですね。できればいいですね。私もそれを楽しみにしています」

 

――最後に、奈良クラブのファン・サポーターへメッセージをお願いします。

「Jリーグ入りを目指す奈良クラブにとって、JFLでプレーすることに意義があるのではなく、優勝を目指してチャレンジすることに意義があると思っています。だから今シーズン、優勝と昇格を目指す1年にしたい。期待していてください。頑張ります」

 

Text by Michio KII

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