AS.ラランジャ京都 会長/追手門学院大学 社会学部 教授 上田 滋夢 氏
Jリーグ中継の解説でご存知の方も多いだろう。かつて、イングランドやスコットランドでプレーした選手であり、海外のクラブや代表チームのコーチ経験もある。帰国後は日本サッカー協会やJクラブのマネジメントも担当した。現在は、スポーツにおけるガバナンスの研究者として大学で教鞭を執りながら、関西リーグに所属するAS.ラランジャ京都の会長・監督も務める。さまざまな視点でフットボールと向き合ってきた上田滋夢氏の目に、今の日本のサッカー界はどう映っているのだろう。
フットボールの環境整備のために敢えて悪役も引き受ける。
――メディア、大学、クラブチーム、多方面でご活躍ですが、上田さんの活動のテーマは何ですか?
「文化や社会環境も含めて“フットボール”というものを理解してもらうのが私の使命だと思っています。1991年にヨーロッパから帰国して、“サッカー”と“フットボール”の違いを痛感しました。以来、日本の“サッカー”を“フットボール”にするために今まで生きてきたし、これからも生きていくと」
――“サッカー”と“フットボール”の違い、ですか。
「日本において、スポーツはエンターテイメントという認識がまだまだ強い。“サッカー”もそうです。『所詮は娯楽であり、生きるために絶対必要なものではない』と考えられている。でも“フットボール”は、そうではありません。一過性の強さや人気や経済効果をもたらすものではなく、さまざまな社会的影響力があります。喜びや感動を生みだし、逆境に負けず戦う気持ちや異文化理解を深めたり、差別を越えて生きる力を育みます」
――ショービジネスやエンターテイメントといった範疇を超えた価値があると。
「だから“いのち”みたいに大切にしなければいけないんです。しかし、文化的な意味も含めて、フットボールを日本ではどれだけの人が理解しているのか。特にここ10年ほどの傾向として、私は日本のフットボールが消費されている気がしてならないんです。エンターテイメントのコンテンツのごとく消費されていると。未来永劫フットボールが続いていくためには、クラブやリーグやメディアも含めた社会環境の整備が必要です」
――社会環境の整備、具体的には?
「たとえば、過去成果を挙げてきた選手たちを、社会的に価値ある存在としてリスペクトする環境を創り出す。フットボールは芸能活動とは違うと思います。選手の素質も見極めず、調子の良い時だけ持ち上げておいて、不振が続くとバッシングするようなメディアの在り方も問題ですし、差別やネット上での誹謗中傷など、選手をとりまく社会環境ももっと変えていかなければいけない。さらに、今の日本では経営と教育の側面のみでスポーツを扱っているという大問題もあります。そういう問題提起をすると、『過激だ』とか『何を言っているんだ』と非難されますよ。でも、日本にフットボールを社会的に重要な存在として確立させるためには、誰かが言い続けなければいけない。だから私自身は、一生ヒールでいいと思っています」
スポーツのガバナンスから考える“生き延びる”ための戦略。
――上田さんが大学で研究されているスポーツ・ガバナンスとは、どういうものですか?
「ガバナンスと言うのは『枠組み』と『戦略』です。スポーツにおけるガバナンスをフットボールの事例で研究しています。フットボールにおけるガバナンスは、ヨーロッパでは以前より最も重要視されている研究テーマです。グローバル経済の中でのフットボールの市場規模は、今や国家を超える域に到達しています。単純にスポーツ競技という枠組みではなく、グローバルな経済や社会との関わりの中でフットボールの『枠組み』と『戦略』を解明していく必要があるのです」
――具体的には、どんな研究をされているのでしょうか。
「スポーツにおけるガバナンスの中には、社会の中の変動を理解する上で、チームや組織が社会的に存続するための「枠組み」と「戦略」を同一化した事例が沢山あります。たとえば、Jクラブでもありますよね。チームは常に優勝争いに加わっていて、力のある選手が次々に集まってくるクラブがあります。経営状態も当然健全です。世代交代などで調子が悪い時でも、成績は中位レベルでリーグ下位に沈むことはない。新陳代謝のサイクルを戦略的にコントロールしている。成績を落としても、またすぐ上位に加わり優勝争いに絡む。経営状態も平均して良好である。「枠組み」を創る「戦略」があり、「枠組み」によって「戦略」が更に発展する。スポンサー企業も含めて、そのガバナンスの意図が浸透し、クラブ経営もチームの成績も安定しています。生々しい実践的な研究なので、こんなことを学術的に実証するには、文献や調査だけでは出てこない、私のような輩しかできないでしょ(笑)。文化を超えて、フットボールを人類の叡智である学問へと昇華させることができるじゃないですか! フットボールは「生きている文化遺産」なんですよ!(笑)」
――苦労しているクラブも多いようですが…
「スポーツにはスポーツのガバナンスのスタイルがあるのに、それをコーポレート・ガバナンス(企業統治)のスタイルでやってしまっていますよね。今、Jクラブの多くが企業主体のガバナンス(コーポレート・ガバナンス)になっていて、責任企業から派遣された方々がクラブ経営のトップに就いています。そういう方々は、クラブを企業と同じ手法でマネジメントしようとするんです。一方で現場から上がってきた人間は、その手法を学んで来たわけではないですよね。ようやく企業的な手法に慣れてきたら、大胆なスポーツのガバナンスの発想によるマネジメントができなくなってしまった。現実を見ていただくと、チームづくりもクラブ経営のどちらもうまくいかなくなってますよね。Jクラブの中には、十分な資金力があり、優れた選手が集まっているにも関わらず、成績不振や降格から再浮上できないクラブなどのケースが珍しくありませんが、それはスポーツにコーポレート・ガバナンスのスタイルを用いても適応・適合しないということの実証でもあるんです。そろそろ、独自のガバナンスとマネジメントがあることに気が付かないと、コーポレート・ガバナンスとしても疑問ではないですか(笑)。逆に、このスポーツのガバナンスをよく理解された方々による、唸らせられる様な素晴らしいJクラブもありますよ!」
プロ化が進む日本のフットボール界でのアマチュアクラブの存在意義。
――関西のフットボール界を、上田さんはどうご覧になっていますか?
「フットボールのポテンシャルはすごくあると思います。J1・J2のクラブがあり、高校や大学の強豪校も多く、代表選手も数多く輩出しています。アマチュアリーグでも、今シーズン2クラブがJFLに昇格しました。今後はJ3のクラブも増えてくるでしょう。その意味では充実してきたと思います」
――プロを目指しているアマチュアクラブも増えていますね。
「ただ、プロ化が進む一方で、フットボールの愛好者が集まり、上を目指して行けるところまで精一杯戦おうという、本来のクラブチームが減ってきている事実があります。解散する企業チームも含めて、皆さんの目がどうしてもプロ化へと行ってしまう。街クラブの発展系=プロ化ではない、という事実にも目を向けて欲しいです」
――JFLや関西リーグの名門クラブが活動を停止したのは、記憶に新しいところです。
「プロのクラブが増えるということは、裾野となるアマチュアクラブがもっと増えていなければ衰退します。日本の場合、フットボール熱の高まりの中からトップリーグが生まれたのではなく、最初にトップをつくったからこういう歪みが出てきました。当時はその方法がベストであったと思います。しかし、未だフットボールは芸術や歴史遺産のような文化として根付いていない。安易なプロ化は表面をなぞっているようにしか思えない。もちろん、プロ化したいという情熱は誰にも止めることはできません。そんな中、関西でフットボールが存続し続けるためには、関西独自の戦略を築いていかなければならないと思います」
――関西におけるフットボールのガバナンス、どんな戦略が考えられますか?
「関西には、中央とはちがう人や組織のつながり方があります。特に、情や絆が強くて、困った時にはお互いに助け合う文化が昔からあります。そういう意味で、さまざまなクラブが仲間でありながらライバルでもあるという関係を築いていける関西独自のガバナンスを行う必要があります。そのためにも、プロ化しないアマチュアクラブというしっかりとした土台が今よりもっと必要です」
――その場合、アマチュアクラブに期待される役割は何ですか?
「まず、プロを引退した選手の社会的リハビリテーションです。プロを引退した後も、生きていくためには仕事をしなければいけない。しかし、フットボールで生きてきた選手がいきなり一般社会に入っても、すぐには適応できません。そこを理解して、社会人としての再教育も含めて受け入れてくれる企業さんを選んだり、お願いしたりする役割が必要になってきます。それは、Jリーグの制度に頼ることではなく、アマチュアクラブの使命と役割なんです」
――セカンドキャリアの部分ですね。
「セカンドキャリアという発想だけでなく、人生を共に歩むという発想ですね。選手たちにとってみたら、現役時代はわずか2時間前後の勤務(練習)だったのが、一般社会人になれば8時間の勤務になるんですよ。これは大変です。でも、フットボールがあると続けられる。だから、仕事が忙しい時でも「練習行ってこいよ」「試合に負けるなよ」って快く送り出してもらうために、普段から献身的に働く環境を提供する。自分がなぜプレーを続けられるのかに気づき、まわりに対して、いつも心から「ありがとうございます」という感謝を育むんです。そうやって、選手たちが一般社会人として認められれば、引退後も職場でリスペクトされ、更に、次の世代も受け入れてもらえる。そのために、アマチュアクラブというリハビリテーション施設が必要なんです」
――選手へのリスペクトは、フットボールの社会環境の整備の課題のひとつでした。
「選手へのリスペクトだけではありません。元プロの選手たちは、プロでしかできない経験をしています。そんなプロの技術やノウハウをアマチュアクラブに伝えられれば、クラブにとってプラスになります。また、プロ選手が身近な存在になることで、プレーのレベルアップだけではなく、周囲の人々のフットボールを見る目もレベルアップするだろうし、プロを目指す子どもたちにもいい刺激になる。自分はプロで通用するか、進学したほうがいいか、そういう現実的な相談もできます。そうやって社会の中に浸透していくことで、文化としてフットボールが根付いていくんです」
AS.ラランジャ京都 循環しながら、未来へ。
――上田さんは、関西リーグ1部に所属するAS.ラランジャ京都の会長と監督を務めておられますね。どんなクラブですか?
「“アマチュア”にこだわるクラブです。もともと先代の板垣泰一氏による幼稚園児の指導から始まりました。指導した子どもたちがやがて指導者になり、親になって、さらにその子どもたちを指導していくような、ずっと続いていけるクラブを目指してきました。今は幼稚園児からトップチームまでの会員がクラブに所属しています。いろんな選手がいますよ。心や身体に傷を負っている人、国籍、性別、そんなことを越えた“人を人として捉える”クラブが目標です」
――プロは目指さないのですか?
「プロ化はしません。もちろん、選手はプロを目指したらいい。どんどん巣立って、プロで活躍して、引退前にまたここにもどって来て、ワンシーズンだけでもプレーする。若い世代にその経験知を与えていくことで、若い選手たちが成長し、またプロへ巣立っていくでしょう。そうやって、まさに循環していくクラブでありたいです」
――生き延びていくクラブづくりですね。
「もちろん、昇格は目指しますよ! 勝つことは大事です。リーグ戦は勝たなければ評価されないし、ひとつでも上のリーグを目指して戦っていきます。でも、勝つことだけがすべてではない。フットボールに携わる者として、勝敗以外の価値の部分を整えていく必要があると考えます。勝敗を越えてフットボールから得られるものはたくさんありますから、そういう社会的な価値を生み出すクラブが目標です。もちろん簡単じゃないし、まだまだ未熟で力不足だけれど、本当にライフワークとしてずっと藻掻きます」
――アマチュアクラブをつくることが、社会環境の整備につながるのですね。そのAS.ラランジャ京都のトップチームは2014シーズン関西リーグ2部で準優勝、1部に昇格しました。
「実は3年ほど前から、社会人の原点として選手たちが自分たちで考えて練習するようにと指導方針を変えました。選手たちの力を最大限に引き出すために、“上からの指導”ではない方法を取ってみようと決めたんです。“失敗して降格したら、立場的に大丈夫ですか?”って、まわりの人にはずいぶん心配されました。でも、会長や監督をやっているからといって、AS.ラランジャ京都は私のものじゃない。今いる選手たちのクラブであり、さらにその先を担う子どもたちのクラブなんですから」
――チームの様子はいかがですか?
「面白いチームに仕上がってきましたよ。これからどんなチームに成長していくか、私自身も楽しみにしています。今シーズンは自ら進んでコーチを担ってくれた吉田※を中心にトレーニングメニューが組まれています。引退という大きな決断を、チームに関わるために決断をしてくれた。そしてチーム全員が諸手を挙げて協力と後押しをしているのはAS.ラランジャぽくって嬉しいですよね」
※吉田慶三コーチ:2014シーズンまで選手としてAS.ラランジャ京都のトップチームでプレーし、2015シーズン同チームのコーチに就任。
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