映画『街の上で』 何者でもない人の、なんでもない毎日を。

映画『愛がなんだ』や『あの頃。』などで多様な愛のあり方を提示してきた今泉力哉監督の最新作『街の上で』が、いよいよ4月9日から全国で公開。共同脚本に漫画家の大橋裕之さんを迎えたオリジナル脚本は、下北沢という街で暮らす “たわいもないわたしたち”のストーリーを描き出しています。街で暮らす若者のなかに、“いつかの・いまの”自分や友だちを見つけられる、そんな映画をこの春にぜひ!

 

ありふれた毎日の、ちょっとイイコトと、ちょっとイヤなコト。

勝手な持論なのですが、暮らしというのは“ちょっとイイコト”と“ちょっとイヤなコト”の繰り返しでできていると思っています。起きて、ごはんを食べて、仕事をして、寝るという毎日。ドラマティックなことはそうそうないけど、ちょっとしたイライラとささいな幸せはいくつもあって、それに振り回されながら一日をやり過ごしていく。

 

この映画の主人公である荒川青も、そんなありふれた毎日を過ごしている若者のひとり。下北沢の古着屋で働きながら、ライブに行ったり、古本屋に行ったりしてそれなりに今の暮らしを楽しんでいます。はじめてできた彼女にフラれるという(彼にとっての)大事件が起こったりもしますが、それも“ちょっとイヤなこと”として仕方なくとらえて日々のなかになじんでいるように見えます。

 

ストーリーがあるような・ないような本作ですが、その淡々とした時間の流れが退屈に感じられないのは、ありふれた毎日のなかにある感情のゆれが丁寧に描かれているから。個人的に好きなのは、青が居心地の悪さを感じる場面で漂う空気感のリアルさ加減。「こういう体験、わたしにもあった。早く帰りたかったわー」と自分のちょっとイヤだった記憶とリンクできて、いつかの自分を見ているような気恥ずかしさと心地よさを感じさせてくれるのです。

©「街の上で」フィルムパートナーズ

 

下北沢という“街”の上にいる、究極のフツメンが魅力的。

90年代に地方のサブカル少女をやっていたわたしにとって、本作の舞台となっている下北沢は憧れの街。大きな志と夢をもって演劇や音楽をやっているイケてる人ばかりが集まっている街で、ぼんやりとしてイケていない自分は行ってはいけないところだとずっと思っていたほどです。(実際に行ってみると、そこまでハードルは高くなかったのですが)

 

この映画に登場する人たちも、わたしのなかのカテゴリーでは“イケてる人たち“(ところでイケてるは死語なのかしら?)。主人公の荒川青なんて究極のいい感じフツメンで、ふと話しかけたくなるユルさも絶妙です。

 

演じているのは映画『愛がなんだ』で印象的な繊細男子を演じ、最近は朝ドラにも出演して話題となっている若葉竜也さん。どこにでもいそうだけど、実際にはなかなか出会えない“究極のフツメン”を魅力的に体現しています。若葉さんは佇まいで魅せてくれる俳優だと思うのですが、映画のなかで荒川青という人間が魅力的に見えるのは若葉さんが演じたからでは? それくらい存在に説得力があります。

 

青に引き寄せられていく女性たちも、下北沢という街に似合う個性をもったキャラクターぞろい。それぞれ、自分の想いや欲望を少し持て余してはいるのですが、最終的に思い通りにしていくところが小気味いいのです。(ちょうどいい男子である)青を振り回したり、傷つけたりしても、それほど嫌悪感を抱かないのは、彼女たちの姿に嫌味がないからかもしれません。

 

下北沢でのオールロケで撮影された本作の、真の主役は下北沢という街。住んだこともないわたしは、この街をよく知りませんが、街は街です。人がいて、暮らしがあって、昔も今も変わらずにちょっとイイコトとイヤなコトが起こっている。

 

それって、なんかいいよね。

映画を見終わったわたしは、そう思っていたりします。

©「街の上で」フィルムパートナーズ

 

映画『街の上で』

2021年4月9日(金)より、テアトル梅田、イオンシネマ シアタス心斎橋、京都・出町座

2021年5月1日(土)より、元町映画館にて公開。

公式サイト:https://machinouede.com/

masami urayama

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