映画『やすらぎの森』 ケベックの森に守られた生と死と、愛の物語。

森はどんな人もやさしく守り、傷ついた心をゆっくり癒す―――。カナダ・ケベック州の美しい森を舞台にした映画『やすらぎの森』が6月18日の京都シネマを皮切りに、7月からは大阪・神戸でも公開されていきます。いくつになっても人は人と出会い、恋をし、人生を再生できることを教えてくれる滋味深い映画は、曇りがちなこの季節の気持ちにやわらかく沁みわたります。

 

森に守られて生きる世捨て人たちの、楽しさと、さみしさ。

街で暮らしているわたしたちにとって「森」は、神秘的な響きをもちます。木々に囲まれた大自然ののなかで静かに暮らす…というのは、いつかかなえてみたい夢の世界。それを実現しているのが、本作の登場人物たちです。

 

カナダのケベック州にある壮大な森で暮らす男たち、チャーリー、トム、テッドは、それぞれの理由から世の中との関わりを絶ち、自ら“この世に存在しない人”になっています。

誰の目も気にせず全裸になって湖で泳ぎ、絵を描き、歌を唄って自由に生きていることは、都会にいるわたしから見たら憧れの暮らし。しかし彼らは、幸せそうでも、かといって不幸せそうでもありません。“たんたんと森の中で生きている”、そんな風情なのです。

 

ある日、そんな彼らのコミュニティに、ひとりの女性が加わります。少女時代の不当な措置によって精神科診療所に入れられ、60年以上も外界と遮断されて生きてきたジェルトルード。60年間、自分の人生を生きられなかった彼女は、無垢といえば聞こえはいいのだけど、何もできず、何も知らない赤ちゃんのような存在です。

静かに森のなかで生きてきた男たちは、これまでの平穏な暮らしを脅かす異分子である彼女の来訪にとまどうのですが、チャーリーの提案で受け入れることにします。外界との接点がない暮らしは、お気楽だけどさみしさもあったはず。自らひとりで生きることを決めたチャーリーですが、どこかで人との関わりを求めていたのかもしれません。

 

そして、チャーリーはこれまでの人生を払拭して新しい人生をはじめる彼女に「新しい名前にしたら?」と提案し、ジェルトルードは「マリー・デネージュがいい」と応えます。

私はこのシーンがとても好きです。自分の意思で生きられなかった80歳の女性が、自分で自分の好きな名前をつける。彼女の人生と、それを提案したチャーリーの人生にもパァと彩りが加わったように見えました。

© 2019 – les films insiders inc. – une filiale des films OUTSIDERS inc.

 

 “その時”はいつか来る。どう死にたいか?は、どう生きるか。

そして、マリー・デネージュとして生きる日々で生まれる恋。

80代の男女が惹かれ合っていく過程はかわいらしく、老いた肉体で抱き合う姿は芳醇な味わいを感じます。チャーリーとマリー・デネージュ、互いを生まれ変わらせた愛は森のなかでゆっくりと確実に育まれ、愛する人といっしょに歩む “生の歓び”を得るのです。

 

しかし、その反面である“死”もこの映画の大きなテーマ。

チャーリーとトム、そして最初に登場するテッドも、それぞれが自分の命の終わりと向き合っています。 “死に様は生き様”ともいわれますが、「死ぬ場所も時も自分で決める」ことを選んだ彼らは、死というものを恐れるのではなく、“死ぬまで生きる”という自由を謳歌しているようにも見えます。

 

わたしたちは、いつか死にます。愛おしい人生でも、そのときは来るのです。

And it’s time, time, time that you love…

トム・ウェイツの名曲『タイム』が印象的に使われる終盤。

死をどう迎えたいか? そして、死ぬまでにどう生きたいか?

正しさも、間違いも、そこにはなく、チャーリーとマリー・デネージュ、トムのそれぞれの選択を静かに尊重したくなるのです。

© 2019 – les films insiders inc. – une filiale des films OUTSIDERS inc.

 

映画『やすらぎの森』

2021年6月18日(金)より、京都シネマ、

2021年7月9日(金)より、シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸にて公開。

公式サイト:https://yasuragi.espace-sarou.com/

masami urayama

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