映画『アフター・ヤン』 静かに、家族のカタチを考える。

ありがとう、お兄ちゃん。―――AIロボットが当たり前に存在する世界で、ともに暮らすロボットは家族にどのような影響を与えたのか。近未来を舞台に、新しくもせつない家族の物語を美しい映像で表現した映画『アフター・ヤン』。いよいよ10月21日(金)から、全国公開されます。

独創性豊かな作品を世に送り出している気鋭の映画会社「A24」が、現代に生きるわたしたちに提示する〈新しい家族のカタチ〉。家族とは? 人間とは? 喪失とは? 秋が深まる今、映画から考えてみてもいいのではないでしょうか。

 

いっしょに暮らしたAIロボットが動かなくなったとき、

家族はどう感じるのだろう?

家族ってなんだろう…と最近ふと思うのです。近年は家族のカタチが多様化してきたとはいえ、まだまだ血縁関係や婚姻関係がある人たちが〈家族〉だとされています。結婚をしておらず子どももいないわたしは、いずれ家族というものがなくなってしまうのか。そして、わたしのような人間が増加しているであろうこれからの世界で、〈家族のカタチ〉はどうなっていくのか。そんな疑問に答えてくれるような、未来の家族の姿を見せてくれるのが本作『アフター・ヤン』です。

 

舞台は、 “テクノ”と呼ばれる人型ロボットが一般家庭にまで普及している未来世界。主な登場人物は、こだわりの茶葉販売店を営むジェイク(コリン・ファレル)と忙しく働くキャリア女性である妻のカイラ(ジョディ・ターナー=スミス)、中国系の養女ミカ(マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ)の3人家族。その家族といっしょにいるのが、ベビーシッターのヤン(ジャスティン・H・ミン)。彼はアジア系テクノ(人型AIロボット)ですが、ミカには兄のような存在です。

映画『アフター・ヤン』の一場面

多彩な人種とロボットが共存し、家族として穏やかに暮らす日々。しかしある日、突然にヤンが動かなくなります。ジェイクは修理をしてもらおうと奔走するも、コアな部分に重大な異常があるため買い換えるしかないと告げられます。テクノを家電としてみるなら、〈仕方がないから新しいものと買い換える〉となるでしょう。でも、ヤンをグァグァ(兄)と思っているミカはまったく納得できません。ミカのためにと修理を模索するジェイクは怪しげな修理屋に持ち込み、そこでヤンの体内には一日ごとに数秒間の動画が撮影できる特殊なパーツが埋められていることが判明。帰宅したジェイクがメモリバンクに保存された膨大な映像を再生すると、テクノであるヤンが過ごしてきた年月が映し出されるのです。

AIロボットとはいえ、人といっしょに生き、いっしょに歴史を重ねているヤン。彼の〈記録〉は、人間の頭のなかにある〈記憶〉と変わりありません。それに気づいたとき、映画を観ているわたしたちにもジェイク同様に疑問が生まれます。

「テクノ(AIロボット)にも、心があるのではないだろうか」

ジェイクはそれを確かめるかのように、ヤンの記録映像に残る〈謎の女性〉を探していきます。動かなくなったヤンのために、そして家族としていっしょに暮らした自分たちのために―――。

映画『アフター・ヤン』の一場面

 

A24×コゴナダ×坂本龍一×Aska Matsumiya。

静かな空白のなかで想いがめぐる。

本作を制作しているのは「A 24」。アカデミー作品賞を獲得した『ムーンライト』をはじめ、『レディ・バード』や『ミッドサマー』などエッジの効いた多様な作品を世に送り出してきた気鋭の映画会社です。そのA24が新しく組んだのがコゴナダ監督。韓国・ソウル生まれの監督で、長編デビュー作の『コロンバス』は多くの批評家から称賛されています。注目の新鋭監督である彼は小津安二郎監督を深く敬愛しているそうで、『アフター・ヤン』でもその雰囲気は大いに感じ取れます。

舞台とストーリーを見れば、本作はSF映画。しかし、壮大なSF映画を期待して見に行くと、肩透かしをくらうかもしれません。近未来的な表現は最小限に抑えられているし、主として描かれているのは静かで穏やかな家族の時間。登場人物たちのセリフは少なく、物語は大きく動きません。

そこにあるのは、空白です。
静かな空白のなかで想いがめぐり、愛するものを失うということは、人であろうと、ロボットであろうと、さらにいうと何気ないモノであろうと変わりはないのではないか? そう気づきかされ、またふと思うのです。「家族って、なんだろう?」と。

 

最後に、この静かな映画は音楽も秀逸。Aska Matsumiyaが手掛ける音楽はドラマティックに盛り上げることを避け、坂本龍一のオリジナル・テーマ「Memory Bank」も静かに印象づけます。そして、Mitskiが歌う、岩井俊二監督作品『リリイ・シュシュのすべて』の名曲「グライド」の美しさ。繊細な歌声とともに、本作の余韻が心のなかで心地よく広がります。

映画『アフター・ヤン』の一場面

© 2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

 

映画『アフター・ヤン』
2022年10月21日(金)より、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、TOHOシネマズ西宮OSなどで公開。
公式サイト:https://www.after-yang.jp/

masami urayama

関連記事