映画『The Son/息子』 愛情だけでは理解できない現実もある。

完璧な親はいない。そして、完璧な子供も。―――愛しているのに届かない親と子の〈心の距離〉を描く映画『The Son/息子』が3月17日(金)から全国公開されます。

映画『ファーザー』でアカデミー賞®脚色賞を獲得したフロリアン・ゼレールが自身の戯曲を原作にした家族3部作の第2部にあたり、完成した脚本に惚れ込んだヒュー・ジャックマンが自ら名乗り出て主演と製作総指揮を務めているのも話題の本作。衝撃と慟哭の物語をリアルに映像化し、親と子の関係、心の問題、夫婦のコミュニケーション…、遠い世界の誰かの話ではなく、身近に起こり得ることとして深く問いかけられます。

 

家族ならかわりあえる、の幻想。

〈他人の考えていることはわからない〉、そのことを理解している人は多い。しかし、身近な人、とくに家族となると、どこかで〈互いにわかりあえている〉と思っていたりするものではないでしょうか。本作はそんな幻想を見事に打ち砕いてくれます。

 

ヒュー・ジャックマンが演じるピーターは、高名な政治家にも頼りにされる優秀な弁護士。ダンディでかっこよく、高級なスーツに身を包んで自信満々に生きているニューヨーカーです。私生活では再婚した妻のベス(ヴァネッサ・カービー)と生まれたばかりの子どもに囲まれ、幸せに暮らしています。

ある日、ピーターのもとに前妻のケイト(ローラ・ダーン)が疲れた様子で訪ねてきます。ケイトと同居している息子・ニコラス(ゼン・マクグラス)の様子がおかしいと訴えるケイト。彼女の要望に応えてピーターは仕事後に息子と話をし、ニコラスから「父さんといたい」と懇願されます。

 

このシーンでのニコラスの言動や表情は、とても不安定です。スクリーンを通して観ているわたしたちは先入観がないので、ニコラスが心の病を抱えているであろうことを感じ取れます。けれども、親であるピーターやケイトは彼をフラットに見られません。不安定さを感じ取りつつも、自分たちの子どもが精神的におかしくなっていることを認めようとせず、「思春期だから」と安易な判断をしようとします。ここですでに、親と子のボタンの掛け違いがおきているのです。

 

とはいえ、ニコラスの懇願を聞いたピータは息子を放っておけません。最初は戸惑いをみせていたベスを説得し、同意を取りつけてニコラスとの同居をスタート。新しい学校も決まり、セラピーを受けたことから、ピーターはニコラスの状態がいい方向に向かってていると確信します。

でも、そう見えていたのは、日中に仕事で家にいないピーターだけ。ニコラスは相変わらず心の問題を抱えており、転校したはずの新しい高校にも登校していません。ある日、その事実を知ったピーターはニコラスを激しく責めます。「なぜ、人生に向き合わないのか?」と。

仕事も家庭も完璧に〈見える〉人生を築いてきた父親から飛び出した問いは、あまりに自分を理解していないものでした。それを聞いた息子がだした答えは……。

映画『The Son/息子』の一場面

 

誰もが愛情をもっている。それなのに、わかりあえない…。

本作に、薄情な人は登場しません。ピーターも、ケイトも、ベスも、ニコラスさえも愛情をもって人と接しています。互いをわかろうとしているに、わかりあえないもどかしさ。それが家族であればなおさら、深い絶望を生んでしまうのかもしれません。

 

監督であるフロリアン・ゼレールは、「どうしても、この物語を伝えたかった」と語っています。さらには、「心の問題には必ずといっていいほど、恥、罪悪感、無知が伴う。しかしそのような感情やレッテルは重要な会話の妨げになってしまう」とも。

 

ピーターはニコラスを愛しています。しかし、愛情だけでは理解できない、愛情だけでは救えない現実があるのも事実です。その絶望に対抗できるのは対等な会話なのでは? とわたしはおぼろげに感じました。

物語では、ピーターの父親(アンソニー・ホプキンス)も重要なキャラクターとして登場します。父親とピーターの会話、ピーターと息子の会話、その状況での物理的な視点の距離(父親は立ち、息子は座っているなど)が印象的です。重要な話をしているのに、視点に距離があることに違和感を覚えるのはわたしだけではないはず。そして、どちらかが距離を縮める努力をしていたら、もしかしたら違う結果になっていたのかも? そう思えてしまうのです。

 

ゼレール監督は「この映画が心の病に関するさまざまな対話のきっかけになることを期待する」といい、本作の脚本に惚れ込み、面識のなかったゼレール監督に逆オファーをかけて製作総指揮にも名乗りをあげたヒュー・ジャックマンも「このテーマをここまで美しく、そしてはっきりと描き出した作品に参加できて誇らしい」と胸を張ります。

 

心の問題や家族の関係は、それぞれが異なるカタチをしています。答えをだすための方程式も、みんなが納得する正解もありません。

だからといって、ただ絶望するのではなく、自分ごととして考えてみてほしい。映画からは、そんな問いを投げかけられているような気がします。

© THE SON FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.

 

映画『The Son/息子』

2023年3月17日(金)より、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、kino cinema神戸国際などで公開。

公式サイト:https://www.theson.jp

masami urayama

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