映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』美しい作品をつくる。それだけではダメなのか?

ファッション界の革命児”とも呼ばれていたジョン・ガリアーノが、絶頂期にあった2011年2月、反ユダヤ主義的な暴言を吐く動画が拡散されたことで有罪となり、関わるブランドから解雇。一瞬にして、“すべて”を失くします。

それから13年、ガリアーノ本人が「洗いざらい話す」とカメラの前に座ります。そして、そのとき、彼の心の中で何が起こっていたのか───が明らかになっていくのです。

9月20日(金)から公開される映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』は、ガリアーノの美しくもスキャンダラスな栄枯盛衰の物語をあるがままに映像化したドキュメンタリーです。監督は『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』でアカデミー賞®長編ドキュメンタリー映画賞を受賞したケヴィン・マクドナルド。フラットな姿勢で天才と対峙し、類まれな才能と愚かさを身にまとった人生を描いています。

 

天才から生まれる服たちの、煌めく美しさ。

ファッションに詳しくない人でも、「ジョン・ガリアーノ」という名前は聞いたことがあるのではないでしょうか。若くしてジバンシィやクリスチャン・ディオールという世界的ブランドのデザイナーに抜擢され、ファッション界の至宝と称えられた“ファッション界の革命児”です。彼が生み出す服は、アバンギャルドでデコラティブ。日常に取り入れるのはむずしいかもしれませんが、「これこそがファッション!」と主張しているかのように、目を引きつけてやみません。しかし、アルコール依存やドラッグなど、彼の人格的な問題もまた周知の事実です。それでも、ファッションのチカラで多くの人々を圧倒してきました。

映画の前半は、そんなジョン・ガリアーノの快進撃が描かれています。地味でおとなしかった少年がロンドンのセントマーチンズ美術学校に入学し、才能を開花。卒業後も革新的かつパワフルなショーを次々と発表し、1987 年にはブリティッシュ・デザイナー賞を受賞してファッション界のスターに躍り出ます。その一方で、斬新なデザインの服は見た目には楽しくても着用するにはむずかしかったため、ビジネスとしては苦戦していました。

しかし、天賦の才には人を引き付ける魅力があります。「ヴォーグ」の編集長アナ・ウィンターと、エディターのアンドレ・レオン・タリーというファッション業界の超大物がショーの実現をサポートし、スーパーモデルであるナオミ・キャンベルとケイト・モスもノーギャラでショーに参加します。

映画『ジョン・ガリアーノ世界一愚かな天才デザイナー』の一場面

そして、成功への道が開かれます。「車が迎えに来たんだ」と当時を振り返るガリアーノ。LVMH (モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)の会長兼CEOのベルナール・アルノーに呼ばれて1995 年にジバンシィのデザイナーに就任し、翌年にはクリスチャン・ディオールのデザイナーに抜擢されます。イギリス人のデザイナーが、フランスを代表するハイブランドのデザイナーへと駆け上がったのです。

その勢いは彼の作品に反映されていきます。映し出されるファッションの数々は優美さをまといながら過激で官能的。その美しさは、ジョン・ガリアーノにしか創造できないものです。恐れを知らない主人公として、サクセスストーリーを全力で駆け抜けている彼の姿がそこにありました。

映画『ジョン・ガリアーノ世界一愚かな天才デザイナー』の一場面

 

作品と創造者の罪。その関係をどう捉えるのか?

2011年2月、事件は起こります。カフェの隣りにいた見知らぬカップルに反ユダヤ主義的暴言を吐き、さらに別の日にも同じカフェで差別発言をしてその動画が拡散されたのです。ヘイトクライムで有罪となったガリアーノは、クリスチャン・ディオールや自身の名を冠したブランドから解雇され、レジオン・ドヌール勲章も剥奪。文字通り“すべて”を失いました。

いわゆる、キャンセルカルチャー(著名人や企業などが不適切な発言や行動をした際にSNSなどで糾弾され社会的に排除しようとする動き)により、ジョン・ガリアーノは社会から抹殺されたのです。

もちろん、彼の行いは許されるものではありません。しかし、間違いを犯した者を糾弾し抹殺する、そこで終わっていいのか? という疑問も浮かぶのです。ケヴィン・マクドナルド監督は「私たちの社会は、贖罪という考えと常に進化し続けている。私は、社会的に許されないことをしたときに何が起こるのか、どうやって許しと贖罪を見つけるのか、というドキュメンタリーを作ることに興味があった」と語っています。

映画『ジョン・ガリアーノ世界一愚かな天才デザイナー』の一場面

罪と贖罪、それに加えて、作品と創造者の関係もわたしは気になります。「作品に罪はない」とよくいわれますが、本当にそうなのでしょうか? この問いにはさまざまな見解があると思います。実際、メゾン・マルジェラのクリエイティブ・ディレクターとしてファッション界に復帰したガリアーノは、芸術的ともいえる美しいファッションを世に送り出しています。その作品たちを見ていると、「美しいものをつくる。それだけでいいじゃないか」と感じてしまったりもするのです。

ケヴィン・マクドナルド監督は、「観客が劇場を出たあと、疑問を持ち、議論してくれることを願っている」と述べています。圧倒的に美しい服たちと、それを生み出す愚かな天才デザイナー。自分はこの関係をどう受け止めればいいのか、考えさせられるヒューマンドキュメンタリーです。

映画『ジョン・ガリアーノ世界一愚かな天才デザイナー』の一場面

 

映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』

2024年9月20日(金)より、テアトル梅田、kino cinema神戸国際などで公開。

公式サイト:https://jg-movie.com/

配給:キノフィルムズ © 2023 KGB Films JG Ltd

masami urayama

関連記事