『GF*BF』などで知られるヤン・ヤーチェ監督の最新作『狂ったリビドー』が、5月30日(金)より全国ロードショーされます。男女の枠を超えた〈ジェンダーフリー〉への法制化が進む台湾を舞台に、空虚な心を肉体の快楽で埋めようとする男女4人の物語は、ハードコアなSMプレイや過激なグループセックスなど多様なエロティシズムに満ちています。
R18のセンセーショナルな作品ではありますが、不安や孤独に支配され、からっぽになっていく心をカラダで嫌そうとするのは、現代に生きる者においてはむしろリアル。ある種の共感を呼ぶものにも感じられます。
第20回大阪アジアン映画祭の上映時に来日したヤン監督にインタビューし、台湾映画史上でもっとも衝撃的なエロティック・ラブストーリーだといわれる本作の核心に迫ります。
台湾でも、日本でも、上映後は動けなくなる。
―― 本作は3月に開催された第20回大阪アジアン映画祭で日本初上映されました。観客の反応はいかがでしたか。
日本でも台湾でも、反応はほとんど同じでした。ショックを受けて、そのまま席を立てずにエンディングロールを最後まで観てくださる方が多いんです(笑)。
―― 私も拝見して衝撃を受けました。台湾では2024年に公開され、ヒットしたと伺いました。
撮影前は、セックスシーンが多いことで「ただのエロス映画だ」と思われないかと心配していましたが、いざ公開してみるとヒットしました。なにが真実で、なにが嘘なのかもわからない、はかない夢のような作品なので、そういう映画を好む方々には受け入れてもらえたのではないかと思います。
―― ここまで肉体的なアジア映画は、そうそうありません。監督の狙いはどこにあったのでしょうか。
セックスは、食べることと同じでごく自然な行為です。特別なことではなく、〈普通のこと〉として描くよう意識しました。また、〈きれいに撮る〉ことにもこだわりました。生々しさよりも、少し幻想的で美しいセックスシーンにしたかったのです。
―― わたしもそれを強く感じました。ハードなシーンもありますが、いやらしさはなく、ファンタジックな美しさがありました。撮影にはどんな工夫があったのでしょう?
カメラマンや照明などのスタッフや俳優たちと事前に話し合い、「このセックスシーンは特別なものではない」という理解を共有しました。もちろん、デリケートな撮影になるので細心の注意を払っています。必要最小限の人だけが現場に入り、スマホの持ち込みも厳禁。プロフェッショナルなスタッフたちなので、まったく問題ありませんでした。

お互いに「どこまでふれていいのか?」を確認して、撮影した。
―― 本作には、『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』で金馬賞最優秀男優賞を受賞したウー・カンレンら個性派俳優たちが集結しています。
台湾のNo.1俳優でもあるウー・カンレンは、わたしのもとに自ら履歴書を送り、脚本を見る前に出演をOKしてくれました。そのほかの3人、リウ・ジューピン、リャン・シャンホア、ウィル・オーも台湾や香港で活躍する新世代の俳優。出演してくれたことに、とても感謝しています。
―― 演技指導はされたのですか?
撮影では、ディスカッションを重視しました。セクシャルなシーンがあるため、撮影前にお互いの身体にふれる練習を行い、「どこまでふれていいのか?」を確認しました。少しずつ相手にふれていき、「これ以上は緊張する」と感じたら、そこでストップ。時間をかけて信頼関係を築き、自然にふれあえるようになってから本番に入りました。
――リウ・ジューピンが演じる「リュー」はトランスジェンダー。彼女がトランスジェンダーであることは、あえてアピールしていませんよね?
多くの映画において、トランスジェンダーのキャラクターは強調されがちです。でも、現実のトランスジェンダーの方たちは新しいIDをもらって女性として生きており、特別扱いを望んでいません。わたしは、彼女たちを“爆弾”のように扱う描き方をしたくなかったのです。
―― 「リュー」が特別な存在でないことは、強く伝わってきました。
わたしがこれまで接してきたトランスジェンダーの人たちは、「本物か? 偽物か?」を考えずに、眼の前にいる自分を〈真実の姿〉として見てほしいと語っていました。だから、「リューがどちらか?」なんて、考える必要はありません。
―― 本作は『人魚姫』を再解釈した物語でもあります。なぜ、『人魚姫』だったのでしょう?
この物語の主人公はトランスジェンダーで、愛のために〈本来の自分〉を捨てています。人魚姫も、王子の愛をもらうために美しい声を失いました。その姿がトランスジェンダーと重なって見えたのです。それに、実際のトランスジェンダーも声を発したら男だったことがバレてしまので、あまりしゃべらない方もいます。誰もが知る『人魚姫』をテーマにすることで、この物語の根底にあるメッセージをより伝えやすくなると考えました。
――『人魚姫』を再解釈した物語をテーマにしつつ、肉体的な愛を描いています。
現代の台湾では若者を中心に、“恋愛よりもセックス”という風潮があります。でも、多くの場合、セックスと愛はセットです。鏡に映る自分のように一体化されていて、「自分が本当に欲しているものはなにか」に気づかせ、より自分を深く理解することにつなげていく。だから今回は、作品を通じて「性と愛」を追求してみたかったのです。

この映画を観て、ちょっと救われるような気持ちになってくれたら。
―― この映画は、フィジカルな関係をとてもオープンに明るく描いています。しかし、物語が進むにつれて、主人公たちが肉体的なつながりに縛られているような印象も受けます。
最初に明るく表現されていたキャラクターたちが、次第に縛られていくようなイメージに変わっていくのは、彼らが本当の姿を見せていないからです。今のSNS社会では、おいしい食べ物や楽しい旅行、美しい自分など、成功している姿ばかりが投稿されています。誰でもつらいときや悲しいときがあるはずなのに、その姿は周囲に見せていないわけです。それと同じように、〈最初は明るくふるまっていた若者たちにも、実はこういう隠されている面がある〉という表現にしました。
―― ラストシーンを言及するのは野暮なのですが、とてもせつない終わり方だと感じました。
主人公は壊滅的な手段で相手の愛を確かめようとしますが、同時に自分の気持ちも確かめているのです。「自分はこの人を本当に好きなのか」「それともこれが終わったら、すべて終わってしまうのか」、性を通じて互いの気持ちを確認しようとする。そういう思いを込めて、あのラストシーンを描きました。
―― 果たして彼らは愛を確かめられたのか? 考えさせられました。
観た人が、それを考えてくれたらうれしいです。現代には、登場人物たちのように明るくふるまいながらも悩みを抱えている人がたくさんいます。本編を観て、エンディング曲を聴いて、ほんの少しでも救われるような気持ちになってくれたらいいですね。
―― 2025年5月30日から、いよいよ日本でロードショーされます。日本の観客たちには、どのように楽しんでもらいたいですか。
日本のみなさんも『人魚姫』の物語をご存じだと思います。本作は、それを大胆に再解釈しました。人魚姫というキャラクターは女性とされていますが、必ずしも“女性”である必要はありません。さらにいうと、『人魚姫』では女性が失い傷ついていますが、現実には男性も心を痛めることがあります。愛することもあれば、傷つくこともある。それは男女を問わず、誰にでも起こることです。
そして、たとえ愛してもらえなかったとしても、人魚姫のように泡となって消える必要はありません。新しい自分の人生を歩んでいけばいいのです。そんな想いを込めて、この映画をつくりました。日本の観客のみなさんにも、楽しんでいただけたら幸いです。
―― きっと日本の観客にも届くと思います。ところで、少し気が早いかもしれませんが、次回作の予定はあるのですか?
今、2本の脚本を執筆しています。1本はベトナム戦争の終わりごろのスパイに関する話で、もう1本は異性愛者と同性愛者の男性の物語です。こちらは有名な監督に依頼されて書いている作品なので、その噂が聞こえてきたら、ぜひ観に行ってください。

映画『狂ったリビドー』
2025年5月30日(金)より、テアトル梅田ほか全国順次ロードショー。
予告YouTube:https://youtu.be/LGbRQ4_Rpi0
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